「特集」ゲームチェンジの行方 高市政権に「日中」と「市場」のリスク

倉重篤郎
毎日新聞客員編集委員
高市早苗政権が発足して2カ月近く経過した。初の女性首相として現時点では圧倒的な高支持率を保持しているが、日本維新の会との閣外協力、参議院での少数与党など政権基盤の脆(もろ)さも抱えている。
ここにきて二つのリスクに直面、台湾有事をめぐる「存立危機事態」答弁では、中国側の反発が収まらず、その積極財政論に対してもマーケットから長期金利高騰という警告を受けている。
いずれも政権の肝のスタンスだけに、対応に苦慮しそうだ。
内閣支持率だけを見る限りでは、上々のスタートと言えよう。共同通信社が11月15、16両日実施した全国電話世論調査では、支持率は69・9%で、10月の首相就任直後の調査から5・5ポイント上昇した。
若者の支持が高いのと、女性支持が意外と堅調なのが特徴だ。
「存立危機事態」答弁が11月7日であり、その後中国側が立て続けに制裁カードを繰り出してきたことを考慮すると、発言自体によって支持率を落としたことにはなっていない。
むしろ、中国側への反発もあり、それがかえって支持率を上げたと見た方がわかりやすい。
集団的自衛権の台湾有事での行使について賛否を聞いたところ「どちらかといえば」を合わせ「賛成」が48・8%、「反対」が44・2%だった。
国会での政権の安定度はどうか。先の衆議院での首相指名の際に、高市氏に237票が集まった。内訳は自民196、維新35、「改革の会」3、「有志の会」1、無所属2だった。
トータルで過半数233を超え、野党から不信任案が出た場合はそれに対する否決力を有したことになる。
石破茂前政権が首相指名で過半数に達せず、決選投票でようやく首相の座を射止めたのに比べると、それよりましと言える。
11月末の時点で「改革の会」の3人が自民会派に加わったため、自民・維新連立政権として衆議院では少数与党を脱したことになる。
党内閣の体制は、現時点では高市氏を多重に支える人的配置になっている。
党では高市総裁実現の功労者である麻生太郎副総裁が唯一の派閥領袖(りょうしゅう)としてデンと構え、鈴木俊一幹事長の下、裏金議員ながら抜てきされた萩生田光一幹事長代行が実務を仕切り、野党に顔の広い梶山弘志国対委員長が国会対応にあたっている。
内閣も高市氏の数少ない側近である木原稔官房長官を軸に露骨な論功行賞人事を断行、秘書官に各省の優秀な人材を集めるなど、求心力のある手厚い高市シフトを敷いている。
政権基盤の弱さという点では、維新との連立が挙げられる。
四半世紀続いた自公連立が閣内協力で、公明党も閣僚を出し、内閣として共同責任を負っていたのに比べ、維新は閣外協力としたため、腰が引けた連立となっている。
連立にあたって維新が自民側に強く求めた衆院議員定数の1割削減が、維新の要求通りこの国会で結果が得られない場合には、連立離脱、再び政局暗転、という事態も起こり 得る。
もちろん、自民もそれを織り込み済みで、維新との連立強化のため、政策ごとの与党協議会を設置、政策議論を深めることによって維新議員の取り込みを図る一方、万一の事態に備えて国民民主党とのパイプ強化も水面下で行っている。
問題は二つのリスクである。
「存立危機事態」発言は根が深い。高市氏も側近の木原官房長官ももともと台湾派である。副総裁の麻生氏は台湾での講演で「台湾有事は日本有事だ」と踏み込んだ人物であり、党四役の1人、選対委員長に就任した古屋圭司氏は日華議員懇談会会長でもある。
中国側も、久しぶりの「反中・親台」政権の誕生として警戒していた矢先の高市〝失言〟であった。ここぞとばかり、食いつくのも無理はない。
失言の中身も首相発言としてはあまりにお粗末であった。
台湾有事で中国が台湾に対し海上封鎖を実施、それを米軍が解くために来援し、それを防ぐために中国側が米軍に対し武力行使を行った場合について、「存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と断言してしまった。
ここで高市氏は二つの致命的誤りをおかした。一つは、台湾有事に関わり日本が軍事介入する可能性をにおわせたことだ。
台湾問題は中国にとっては譲れないレッドライン、いわゆる「核心的利益の核心」だ。
特に中国の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席には過去のどの指導者よりも格別に強い思い入れがある。それは世界中広く知れ渡った事実でもあり、隣国のトップとしてその配慮と覚悟を欠いた。
そもそも台湾有事への基本路線は、米国ですらあらかじめその対応の中身を明確にしない「曖昧(あいまい)戦略」だ。
バイデン前米大統領が、台湾防衛のため「軍事力行使を排除しない」と述べたことがあったが、トランプ米大統領時代になって元の曖昧戦略に戻った。それどころか、不介入のニュアンスを強めている。
もう一つは、存立危機事態について具体的例示をしてしまったことだ。
存立危機事態とは、日本が直接攻撃されていなくても、「我が国と密接な関係にある他国」(=米国)に対する武力攻撃により「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と安保法制では定義されているが、極めて曖昧な概念である。
10年前の安保法制国会論議では、当時の安倍晋三元首相が、邦人輸送中の米艦船防護やホルムズ海峡での機雷除去と例示するので精いっぱいだった。
逆に言えば、個別具体例示を避け、曖昧にしておくところに意味があった。拡大解釈もできるし、縮小解釈もできる、というスタンスが、抑止力を増すほか、逆に関与しない自由度を保障した。
「台湾有事は集団的自衛権行使要件の対象になる」と自衛隊の最高指揮権を持つ者が言った途端に、外交も安全保障も手を縛られ、フリーハンドを失っていく。
これだけの失言である。本来は発言撤回が筋であろう。それは中国のためではなく、日本のためにである。しかし、高市氏にはそれができない。撤回した場合の政治責任を懸念し、かつ支持基盤である反中・嫌中勢力の反発を恐れるからだ。
ただ、高市氏のその頑(かたく)なな姿勢を周辺がヤキモキし仲介を買って出る、という事態も起きている。
先の党首討論で立憲民主党の野田佳彦代表が、高市氏とのこの問題でのやりとりを総括して「事実上撤回と受け止めた」と中国側を意識して発信したのは、松下政経塾後輩の高市氏に対する一種の支援と取れた。
驚いたのはトランプ氏の動きだ。習近平氏との電話会談でこの問題に触れ、高市氏にも電話、日中対立の鎮静化を求めてきた、という。
トランプ基準からしても高市外交は危なくて見ていられない、ということだとすれば、高市政権にとっては、日中関係のみならず日米関係まで損ないかねない傷となる。
いずれにせよ、この「日中」リスクをどこでどう収めるか、政権の命運にも関わってくるだろう。
もう一つのリスクは、高市積極財政政策に関わるもので、まだ途上である。
持論にのっとり18・3兆円という大規模な補正予算(民間資金などを合わせた事業規模42・8兆円)を組んだことに対し、市場からの警告が出ている。
国内債券市場で長期金利が急騰(債券価格は急落)した。指標となる新発10年物国債利回りは一時1・835%(11月20日)と、2008年6月以来およそ17年半ぶりの高水準となった。
40年物国債入札で落札利回りは過去最高を記録した(11月26日)。
高市政権による財政拡張的な政策への懸念が一段と強まっている、というのが市場関係者の解説だが、これをどこまで深刻に受け止めるかである。
高市氏の積極財政が、政策目的通りの結果を生むかどうかも疑わしい。
物価高対策のため、補正予算には電気・ガス料金の補助や、重点支援地方交付金の拡充による「おこめ券」や電子クーポン発行、児童手当加算などが盛り込まれ、一定の生活支援策とはなっている。しかし、ガソリン暫定税率廃止も含め、マクロ経済的にはいずれも需要を喚起する政策で、むしろインフレを加速しかねない、と分析するエコノミストもいる。
物価抑制の本道は、日銀が利上げなど金融引き締め策を取ることであるが、それができないというのも高市政権が抱える制約の一つである。
異次元金融緩和政策を10年続けた結果、国の借金が異様に膨らみ、かつ日銀が過大な保有国債を背負わされたことで、利上げ(=国債価格低下)が、財政利払い急増と日銀財務悪化に直結するといういびつな構造が生まれたからだ。
つまり、利上げができない中、物価対策である財政の積極出動がむしろ物価を押し上げる、という隘路(あいろ)に入りつつある、とも言える。
対中強硬と積極財政という高市政権の二つの看板が、かえって政権を追い込んでいる。
毎日新聞客員編集委員 倉重篤郎(くらしげ・あつろう) 1953年生まれ。1978年に東京大学教育学部卒業後、毎日新聞社入社。政治部、千葉支局長、政治部長、東京本社編集局次長、論説委員長などを歴任し、2019年から現職。著書に『秘録 齋藤次郎』(光文社)、『日本の死に至る病 アベノミクスの罪と罰』(河出書房新社)、『小泉政権1980日』上下(行研)、『国会は死んだか』『住専が国を滅ぼす』(毎日新聞社、いずれも共著)、『千葉つれづれ』(崙書房)など。
(Kyodo Weekly 2025年12月15日号より転載)
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