脳の働きを支えるタンパク質のつながりを可視化
- USP46-miniTurboノックインマウスで新たな知見 -
2025年8月20日
岐阜大学
脳の働きを支えるタンパク質のつながりを可視化
- USP46-miniTurboノックインマウスで新たな知見 -
本研究のポイント
・USP46は多様な脳機能を制御しますが、どのようなタンパク質との相互作用を介して働いているのかは未解明でした。
・新たに開発したUSP46-miniTurbo(注1)マウスを用いて、生体脳におけるUSP46近接タンパク質のビオチン標識(in vivo BioID(注2))を実施しました。
・ビオチン標識を目印として脳内USP46近接タンパク質群を特定し、その一つであるPLPP3(注3)がUSP46により発現制御を受ける可能性を見いだしました。
研究概要
岐阜大学 高等研究院 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT) 村田知弥 特任准教授らの研究グループは、多様な脳機能制御に関与する脱ユビキチン化酵素USP46の機能解明を目的として、ビオチンリガーゼminiTurboを内在性Usp46遺伝子座にノックインしたマウスモデルを開発しました。このマウスに対しビオチン高含有餌を与えることで、成体および発達期の脳において、非侵襲的にUSP46近接タンパク質のビオチン標識(BioID)が可能であることがわかりました。また、成体マウス由来ビオチン化タンパク質の質量分析により、USP46の脳内近接タンパク質群を同定しました。さらに、Usp46欠損マウス脳では、近接タンパク質として同定されたPLPP3の発現が低下しており、USP46による発現調節機構が示唆されました。
本研究は、生理的環境下における脳内USP46タンパク質間相互作用を非侵襲的に解析した点が特徴であり、USP46による脳機能制御や精神疾患の分子メカニズム解明に貢献します。またin vivo BioID技術は、他のタンパク質の相互作用解析に応用可能であり、本研究で確立した手法は神経科学分野をはじめ、生物・医学研究の新たな研究基盤としての展開が期待されます。
本研究成果は、日本時間2025年8月8日にExperimental Animals誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
タンパク質間相互作用ネットワークの解析は、生物の恒常性維持機構や疾患発症の理解に大きく貢献します。BioID法は、標的タンパク質に融合したビオチンリガーゼにより極近傍に存在するタンパク質を不可逆的にビオチン標識する手法であり、培養細胞レベルでのタンパク質間相互作用解析に広く用いられています。しかし、生体内(in vivo)への応用例は依然として少なく、特に内在性遺伝子座へのビオチンリガーゼノックインによるモデルは心臓や腎臓における解析に限られていました。USP46はタンパク質分解の目印となる翻訳後修飾「ユビキチン化」を除去する酵素であり、マウスのうつ様行動や、母性行動を制御することが知られています。しかし、脳におけるUSP46の相互作用因子や基質は不明な点が多いのが現状です。そこで本研究では、脳におけるUSP46相互作用ネットワーク解明を目指し、高活性かつ小型であるビオチンリガーゼminiTurboを用いたノックインマウスを作製、発達期を含む脳組織でのin vivo BioIDの有効性を検証しました。
研究成果
まず初めにゲノム編集により、Usp46遺伝子座にminiTurbo遺伝子配列をノックインし、USP46-miniTurbo融合タンパク質を発現するマウスを作製しました(図1)。
図1. USP46-miniTurbo ノックインマウスの概要
Usp46 遺伝子座のタンパク質コード領域の末端に対し(図中青矢印)、miniTurbo-HA tag 配列をノックインして USP46-miniTurbo マウスを作製した(HA tag はタンパク質の検出を容易にするための目印)。これにより Usp46 遺伝子発現細胞においてUSP46-miniTurbo融合タンパク質が産生される。mTはminiTurboの略称。
この成体マウスへのビオチン高含有餌投与によりUSP46-miniTurboマウス脳において、USP46近接タンパク質のビオチン化を誘導できることを確認しました。さらに母体マウスに対してビオチン高含有餌を与えることで、胎盤やミルクを介してビオチンが仔マウスへと移行し、胎仔期や哺乳期のUSP46-miniTurboマウスの脳においても近接タンパク質をビオチン化できることが判明しました。
次に成体USP46-miniTurboマウス由来のビオチン標識されたタンパク質の質量分析により、USP46の既知の結合パートナーであるWDR48およびWDR20に加え、多くの近接タンパク質が同定され、特にUSP46が局在するシナプス後部関連タンパク質が多く含まれていました(図2)。いくつかの近接タンパク質に関して、Usp46欠損マウス脳におけるタンパク質発現解析を行ったところ、脳機能制御への関与が示唆されているリン脂質脱リン酸化酵素PLPP3の発現低下が観察されました。培養細胞を用いた解析から、USP46とPLPP3は細胞膜付近で相互作用することが示唆されました。以上の結果より脱ユビキチン化を介したPLPP3安定化の可能性が示唆されるとともに、USP46による脳機能制御に関わる新たな分子経路の存在を見いだしました。
図2. in vivo BioID の概要
USP46-miniTurboマウスにビオチン高含有餌を与え、自由摂食させることで生体内においてUSP46に近接するタンパク質をビオチン化した。ビオチン化タンパク質を精製し、質量分析によりタンパク質を同定、データベースを用いてネットワークを描画した。mTはminiTurboの略称。
今後の展開
USP46-miniTurboマウスは、生理的条件下での生体内タンパク質間相互作用解析を可能にする強力なツールであり、脳の発達や行動制御に関与する分子機構の解明に貢献することが期待されます。今後は、USP46とPLPP3の相互作用の詳細な解析や、他の近接タンパク質の機能的検証を通じて、USP46の脳内における役割とその分子機構の理解を深める予定です。
研究者のコメント
筆者らの先行研究では、培養細胞においてUSP46の近接タンパク質を同定していました(Yoshioka K. et al. FEBS Open Bio. 2025)。しかし、そもそも培養細胞と生体脳組織ではタンパク質の発現や相互作用の様式が異なる可能性があり、脳機能制御との関係までは踏み込めていませんでした。本研究ではin vivo BioIDにより、生体脳におけるUSP46とPLPP3の新たな関連を見いだすことができ、今後、USP46による脳機能制御機構の解明に繋げたいと思います。
謝辞
本研究は公益財団法人日本応用酵素協会、JSPS科研費(JP22H04632, JP20H00444)の助成を受けたものです。
用語解説
注1:miniTurbo
大腸菌が有するビオチンリガーゼBirAを元に開発されたタンパク質の一つ。近傍に存在するタンパク質をビオチン標識する活性が高く、同時に開発されたTurboIDに比べ小型である。
注2:BioID
近接依存性ビオチン標識法。標的タンパク質に融合したビオチンリガーゼにより近接するタンパク質をビオチン化し、ビオチンを目印としてタンパク質を精製、質量分析により、どのようなタンパク質が標的タンパク質の近傍に存在したかを解析する手法。
注3:PLPP3
リン脂質脱リン酸化酵素。多様な組織での機能が報告されているが、中枢神経系においては、神経発達やドーパミン伝達、統合失調症などに関与する可能性が示されている。
論文情報
雑誌名:Experimental Animals
論文タイトル:A novel miniTurbo knock-in mouse reveals a protein interaction network of USP46 in the brain
著者:Kazuya Murata*, Noa Haneishi, Reiko Nakagawa, Yoko Daitoku, Seiya Mizuno(*責任著者)
DOI: 10.1538/expanim.25-0082
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