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“石破人事”から見えるもの 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

 大勢の聴衆を前に気分が高揚し、自ら舌禍を招いた閣僚はさして珍しくない。「米を買ったことはない」と言い放った江藤拓農相が5月21日、辞任に追い込まれた。お笑い芸人ではないのだから、ウケを狙う必要は寸毫(すんごう)もなかったはずだ。ほぼ全ての人が常時スマホを携える今日、政治家は「1億総記者時代」であることも肝に銘じて言葉を発する必要がある。

 後任の農相には小泉進次郎氏が就任した。石破茂首相は党農林部会長の経験や改革志向の強さなどを評価して起用したというが、「内閣支持率の低下に歯止めをかけるきっかけにしたい」(官邸関係者)との切実な願いも込められている。もっとも、小泉農相は高い知名度と一定の人気はあるものの、力量ではなく、独特の「構文」や「ポエム」を楽しみにしている国民もかなり多い。

 しかし、少しズームを引いて今回の人事を見てみる必要がある。そもそも小泉氏は自民党政治改革本部の事務局長であった。昨年末、“応急措置”で政策活動費の廃止などは図られたが、“本丸”の企業・団体献金の見直しについてはまだまだ着地点が見えていない。にもかかわらず、石破首相は政治改革の自民党実務責任者を引き抜いたのだ。「論語」には「食」よりも「民の信」の方が重要だと記されているが、石破首相の優先度はどうも逆らしい。

 店頭価格が5キロ2000円になるかはともかくも、短期的に米の値段は下がるだろう。だが、それを小泉農相の政治手腕によるものだと考えるのは早計だ。江藤失言を機に、石破首相が米価高騰に対する国民の怒りをようやく肌で感じ、備蓄米の放出を競争入札から随意契約に切り替えるよう指示を出したからだ。だから、「パフォーマンスはともかくも、誰が農相でも同じ結果をもたらす」(閣僚経験者)ようだ。

 一方、赤沢亮正経済再生相は日米交渉のため、先週末もワシントンを訪れた。しかし、もともと赤沢氏は「防災庁」設置の担当閣僚で、「何をしたくて総理になったか分からない」(自民参院議員)と首を傾げられている石破首相にとり、それは数少ない具体的な公約だった。そしていよいよ来月にはその制度設計がヤマ場を迎える。にもかかわらず、赤沢氏に「わが国の命運に関わる」(経済官庁幹部)とさえ言われる日米交渉を任せるのだから、「防災庁」設置に対する石破首相の本気度にも大きな疑問符を付けざるを得ない。

 小泉氏も赤沢氏も、おそらく政治家として優秀なのだろう。だが、石破首相は「政権誕生の原点」ともいうべき政治改革を放り出してでも、さらには肝いりの「防災庁」設置を横に置いてまで両氏を起用しなければならなかったのだろうか。昨年の衆院選で自民党は大幅に議席を減らしたとはいえ、そこまで人材難に陥ってしまったのだろうか。

 選挙結果は投票箱のふたを開けるまで分からないが、現時点では、「石破政権は参院選までだろう」(自民中堅)との見方が永田町では有力だ。結果次第で引責辞任があるかもしれないし、本人が職に留まろうとしても、すさまじい「石破降ろし」が始まるかもしれない。石破首相はそれをも見越して、あえて茂木敏充前幹事長や高市早苗前経済安保相、斎藤健前経産相らに脚光を浴びるポストを与えなかったと勘繰ることもできる。

 「いやいや、それは考えすぎだろう。単に石破さんは頼れる人が少ないだけだ」(元自民議員)といった指摘もある。だが、気になる数字もある。共同通信社の最新の世論調査では、内閣支持率は31.7%だったが、その「支持する」最大の理由のうち「ほかに適当な人がいない」が半数近く(46.5%)を占めた。つまり、自民党内にこれといった「ポスト石破候補」は浮上していないのだ。

 そうしたこともあってか、いま自民党の一部では「玉木雄一郎首相」の可能性がまことしやかにささやかれている。少数与党の悲哀から脱するため、国民民主党と連立を組みたい思惑も背景にあるのだろうが、自民党の人材難を裏打ちしていると言えなくもない。かつて自民党は老壮青、多士済々の人材を誇ったが、立党から70年近くがたち、陰りが見えてきたと思うのは、果たして偏見だろうか。昨今の“石破人事”から透けて見えるものは意外に多いかもしれない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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