昭和通り|Showa Street: 画像一覧(1)
1931(昭和6)年6月7日、帝都の新装道路を讃え愛護を訴える初の「道路祭り」が行われ、花自動車のパレードが進む昭和通り。復興事業の目玉の「幹線1号」として、幅員は45メートル取り、中央にグリーンベルトが設けられた。これと交差し左右に走る道は永代通り。左奥は江戸橋付近で、塔のある建物は三菱倉庫。(日本電報通信社撮影)
1946(昭和21)年6月5日、戦中に引き続き戦後も食糧不足を補うため、昭和通りの中央分離帯を菜園にして町会単位で栽培した麦が刈り入れを迎えた。7畝(約690㎡)から3俵(180kg)を収穫したという。(共同通信社蔵)
2011(平成23)年12月、現在の昭和通りをほぼ同一地点から見たもの。中央分離帯も走行車線になった。
1931(昭和6)年6月7日、帝都の新装道路を讃え愛護を訴える初の「道路祭り」が行われ、花自動車のパレードが進む昭和通り。復興事業の目玉の「幹線1号」として、幅員は45メートル取り、中央にグリーンベルトが設けられた。これと交差し左右に走る道は永代通り。左奥は江戸橋付近で、塔のある建物は三菱倉庫。(日本電報通信社撮影)
1946(昭和21)年6月5日、戦中に引き続き戦後も食糧不足を補うため、昭和通りの中央分離帯を菜園にして町会単位で栽培した麦が刈り入れを迎えた。7畝(約690㎡)から3俵(180kg)を収穫したという。(共同通信社蔵)
2011(平成23)年12月、現在の昭和通りをほぼ同一地点から見たもの。中央分離帯も走行車線になった。
