バイオ模倣非接触汗センサーを開発
~脱水・熱中症の早期予測、義手などへの応用に期待~
2025年8月28日
早稲田大学
バイオ模倣非接触汗センサーを開発 ~脱水・熱中症の早期予測、義手などへの応用に期待~
【発表のポイント】 ●バラの花びらを模したマイクロテクスチャ※1により、汗中イオンを非接触で高感度に測定できる薄膜センサーを開発しました。 ●従来比で最大3倍の水分保持力と約2倍の自己洗浄性能※2があることを実証し、運動中でも安定したデータ取得を実現しました。また、2 mmの空間を隔てても測定可能なため、皮膚への粘着剤が不要で長時間装着時のかぶれリスクが低減できます。 ●脱水・熱中症の早期予測や、義手・外骨格などヒューマンマシンインタフェース※3への応用が期待できます。 |
図1:イオン選択膜(ISM)電気化学センサーと参照電極は、カーボンナノチューブフォレスト(CNTF)スポンジ上に構築されています。水滴接触角の測定により、水との相互作用の違いが観察できます。CNTFは超疎水性を示し、Ag/AgCl対電極は中程度の接着性を示し、ISMは低い接着性を示しています。本研究では、ISMに微細構造を導入することで接着性の向上を目指しています。
身体活動や労働中の電解質バランスの乱れは、脱水、けいれん、疲労を引き起こす可能性があります。従来の発汗センサーは水分を保持できないため、皮膚に直接接触させる必要がありますが、これが長時間または動的な使用時には皮膚刺激を引き起こし、測定精度を低下させる要因となります。早稲田大学理工学術院の梅津 信二郎(うめず しんじろう)教授の研究グループは、バラの花びらが少量の水分を保持しつつ、余分な水をはじくという自然の特性に着目しました(バラの花びら効果※4)。研究チームはこの微細構造をイオン選択膜※5に再現することで、水分を保持しつつ皮膚に優しい非接触型発汗センサーを開発しました。この生体模倣センサーは、医療、スポーツ、産業分野におけるリアルタイムの水分状態モニタリングにおいて期待されています。
この研究成果は、「Cyborg and Bionic Systems」に2025年8月5日にオンライン公開されました。
キーワード:
生物模倣、マイクロテクスチャ、汗センサー、イオン選択膜、非接触センシング、ウェアラブル
(1)これまでの研究で分かっていたこと
汗中のナトリウム濃度は脱水や筋機能低下の指標として注目されてきました。しかし、汗センサーに使用される従来のイオン選択膜は疎水性ゆえ汗を十分保持できず、皮膚に強く貼り付ける必要がありました。そのため、粘着剤にて皮膚に貼る必要がありましたが、粘着剤による長時間の装着は、皮膚炎や衛生面の問題を引き起こすことが報告されていました。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、バラ(Rosa rubiginosa)の花びら表面にあるシワ・突起構造をPDMS(ポリジメチルシロキサン)モールド経由で塩化ポリビニル(PVC)系イオン選択膜(ISM)に忠実に転写しました。得られたバイオ模倣ISMの主な特徴は以下の通りです。
〇接触角の大幅低減と汗付着性の強化
未処理ISMの接触角は90°でしたが、花びら型シワを導入した生体模倣膜(バイオミメティック・メンブレン)では76.8°まで低減し、上向き・下向きいずれの配置でも汗滴を確実に保持できることを確認できました。境界付近の付着力が増した結果、重力方向に依存しない安定した液膜形成が可能です。
〇水保持量の向上と自己洗浄機構
静置試験では、バイオ模倣ISM(Sensor A/B)の最大水保持量は未処理膜の約3倍に増加しました。さらに動的試験で15 mgの荷重を与えても4サイクル以上水滴を保持し続け、閾値を超えると一括排出してチャネルをリセットする「自己洗浄」挙動を示しました。
〇表面積16〜22 %増によるNa⁺感度1.1〜1.2倍向上
SEM画像解析から、シワ/突起導入によって膜の実効表面積が理論値でSensor Aは16 %、Sensor Bは22 %拡大しました。Sensor Aは花びらの外側の表面を模倣しており、水との接着性が高く、Sensor Bは花びらの内側の表面を模倣しており、優れた自浄作用を持っています。この粗密な3D構造により、NaCl 溶液を用いたOCP測定の感度が約1.1〜1.2倍向上し、Nikolskii–Eisenman式理論値の76〜82 %に迫る性能を達成しています。
〇2 mm非接触ギャップでも1 s以下の応答で安定計測
3Dプリント流路に0.5〜2 mmの空隙を設定してNaCl 溶液を循環させたところ、最も広い2 mmでも応答時間はテント秒オーダー(<1 s)で、電位波形のドリフトは自己洗浄機構により最小限に抑えられました。
〇CNTスポンジ電極を用いたウェアラブル実証
ISMとAg/AgCl参照電極をCNTスポンジ上に集積し、手首装着型デバイスとして20分間(8 km/h)のトレッドミル試験を実施しました。気泡混入や汗流量低下時でも信号は閾値内にとどまり、FFT解析でも運動周波数に一致するノイズは検出されず、動作中のドリフトは静的条件と同程度でした。
図2:非接触型センシングチャネルの図。 接着性が強化されたことにより、センシング電極および参照電極は、表面張力の力で汗を引き寄せることが可能になりました。これにより、使用時の快適性や汗の再循環を高めるために、調整可能なギャップを設けることができます。
これらの結果は、長時間装着時の皮膚負担軽減と高精度計測を両立する新たなウェアラブルセンサー技術として大きな意義を持ちます。
(3)研究の波及効果や社会的影響
熱中症対策やアスリートの水分管理をリアルタイムで行えるため、医療・スポーツ分野での事故防止に寄与します。また、粘着剤不要のため高齢者や皮膚疾患患者でも長期使用が可能であり、在宅モニタリング市場の拡大が見込まれるとともに、義手・外骨格などのヒューマンマシンインタフェースに電解質フィードバックを組み込むことで、安全性と快適性が向上します。
(4)課題、今後の展望
現行のPVC膜は微細転写限界が5 µm程度であり、サブマイクロ構造の完全再現が課題です。また、CNTスポンジ電極の機械的耐久性向上と量産プロセスの確立が必要です。今後はAIによる発汗データ解析と組み合わせ、個人最適化された脱水予測アルゴリズムを開発します。
(5)研究者のコメント
本研究は自然に存在するデザインが、技術を進化させ、私たちの生活の質を向上させるために賢く応用できることを示しています。自然の微細構造を模倣することで、現実環境下におけるセンサーの性能を向上させました。私たちの目標はよりスマートで効果的な医療のために、誰もが使える生体統合型ツールを開発することです。
(6)用語解説
※1 マイクロテクスチャ:
数µmオーダーの微細凹凸構造の総称。
※2 自己洗浄性能:
水滴が界面を一括で滑落し、表面を清浄に保つ性質。
※3 ヒューマンマシンインタフェース:
人と機械をつなぐ情報入出力系の総称。
※4 バラの花びら効果:
水滴が付着したまま落ちにくい一方、量が増えると滑り落ちる二面性を持つ現象。
※5 イオン選択膜(ISM):
特定イオンのみを選択的に透過させ、電位変化を生じる薄膜材料。
(7)論文情報
雑誌名:Cyborg and Bionic Systems
論文名:Bio-Inspired Microtexturing for Enhanced Sweat Adhesion in Ion-Selective Membranes
執筆者名(所属機関名):Marc Josep Montagut Marques1*,Takayuki Masuji2, Mohamed Adel3, Ahmed M. R. Fath El-Bab4, Kayo Hirose5*, Kanji Uchida4, Sugime Hisashi6, Shinjiro Umezu12*
1Department of Integrative Bioescience and Biomedical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
2Department of Modern Mechanical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
3Mechanical Engineering Department, Helwan University, Cairo, Egypt
4Department of Mechatronics and Robotics Engineering, Egypt-Japan University of Science and Technology (E-JUST), Alexandria, Egypt
5Department of Anesthesiology and Pain Relief Center, The University of Tokyo Hospital, Tokyo, Japan
6Department of Applied Chemistry, Kindai University, Osaka, Japan
掲載日時(現地時間):2025年8月5日(火)
掲載URL:https://spj.science.org/doi/10.34133/cbsystems.0337
(8)研究助成
研究費名:挑戦的研究(萌芽)
課題名:リアルタイム汗測定を行うための生物模倣したマイクロ流路の開発(24K21600)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)
研究費名:基盤研究(B)
課題名:汗生理学構築のためのリアルタイムモニタリングシステム(23K26069)
代表者名(所属機関名):廣瀬 佳代(東京大学医学部附属病院)
研究費名:基盤研究(B)
課題名:成熟化した人工心筋細胞組織を対象としたスマート薬効評価システム(23K26077)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)
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