「言の葉の森」どこから来たのか「土足痕」

 無知な私だと他の人よりその機会が頻繁に訪れるといったら横着し過ぎだろうか。自分の中で初めて見聞きする「新語」との出合いは興奮を呼び起こしたり、「今知っておいて良かった」という安心をもたらしたりする。

 「犯人のものとみられる土足痕があった」―。はて、土足痕とは。意味は推察できるがなじみはない。辞書に当たってみても土足痕単独では見当たらない。マスコミ用語なのだろうか、過去の記事を調べると二十数件の使用例がある。

 この言葉が気になったのは「土足跡」とすべきでは、という疑問もあったからだ。毎日新聞用語集やいくつかの辞書では「あと」の使い分けについて細かく書かれている。用語集では痕が「くっきり残ったあと。主として人体」、跡が「物事の行われたあと」となっており、辞書も大筋は同じだ。土足痕は「手術の痕」のような明らかに人体に関係した言葉ではなく、新漢語林第2版でも痕は「消すことのできないあと」とある。事実、過去の記事で土足跡もそれなりに使われている。しかしこの考察はあくまで「あと」と読まなければ意味がない。

 直近で土足痕を記事の中で使用した記者は「警察発表や刑事との会話の中で『土足痕(どそくこん)』という言葉は広く使われる」と教えてくれた。土足痕を用いた理由は①意味が読者に十分に伝わる②素足や靴下でも付く「足跡」より、土足で付く痕跡という意味で「土足痕」の方が詳細な言葉である―が挙げられるという。確かに土足は素足に比べて「くっきり残ったあと」が付くはずだ。どこからが「くっきり」なのかを測るものさしは人それぞれだろう。消すことができるかという点でも用例で「血の痕」がある以上、絶対に消せるかどうかまでは言及されていない。

 友人の刑事にも聞いてみた。「足跡のことは日常的に『下足痕(げそくこん)』や『ゲソ痕』『ゲソ』という言い方をする」と話す。これらの言葉が土足痕に派生したと考えるのは乱暴だろうか。鑑識的な呼び方だと足痕跡(そっこんせき)といい、足痕跡のある侵入を土足侵入、なければ脱靴侵入(だっかしんにゅう)と使い分けるという。

 関係者のみで伝わる言葉がそのまま記事で使われるのは避けたい。しかし読んで意味が分かる上、「こん」と読むのであるなら土足痕をわざわざ他の言葉に替える必要はなかっただろう。タイヤ痕をタイヤの跡としないのと近い気がする。さらに「どそく」という音読みが「こん」という音読みにつながることも自然だと思う。

 明確な答えは出なかったが、気になる言葉の痕跡をたどってみて得たことがたくさんあった。何が役立つか分からない校閲記者の仕事。きっと今後に生きてくるはずだ。

(毎日新聞社 校閲センター 本間 浩之)

 

(KyodoWeekly6月17日号から転載)


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