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日本の〝ケネディ〟になれるか 小泉進次郎氏が憧れる人

 環境省大臣室に1枚のポスターが飾ってある。部屋の主は、言わずと知れた小泉進次郎氏、そしてポスターは、第35代米国大統領、ジョン・F・ケネディだ。自室に親や祖父の写真を飾る世襲議員はいるものの、異国の大統領は珍しい。小泉氏が政治家としてケネディに強い憧れを抱いていることが伝わる。最近、小泉氏への風当たりは強いが、果たして近い将来、日本のケネディになれるかどうか―普段は政治に興味を持たない人たちも、若きプリンスの“これから”を大いに注目している。

 

「◯◯のケネディ」

 

 若きケネディが民主党大会で指名を勝ち取り、共和党のニクソン候補との接戦を制して大統領に当選したのは、ちょうど60年前の1960年のことである。退任するアイゼンハワー大統領は当時70歳、43歳のケネディとは親子ほどの歳の差があったが、アメリカ国民はこの青年政治家に希望を見いだし、国家のかじ取りを任せた。

 大統領選の候補者討論会は、「ケネディ対ニクソン」のときに初めて全米にテレビ中継された。ケネディはフロリダの別荘で黒く日焼けをし、モノクロテレビに映るときの彫りの深さを和らげ、スポーツマンの印象もつくり出した。濃い色の背広も、若さとさわやかさを演出した。視聴者の多くは討論内容よりも、ハンサムで弁舌滑らかなケネディに軍配を上げたという。

 ケネディが大統領選で当選を果たしたとき、わが国では第29回衆院選の真っ最中であった。良くも悪くも、わが国は米国の影響を受けやすく、至るところで若い候補者たちが「○○のケネディ」と声高に名乗った。たとえ容姿も経歴もケネディと大きくかけ離れていても、そう訴えることで清新さを醸しだし、有権者の関心をつかんだ候補者もいる。

 最も有名なのは、海部俊樹元首相かもしれない。後に首相となる三木武夫氏がケネディと一緒に写した写真を携えて初陣の応援に駆けつけ、「ケネディが下院議員に初当選したのは29歳、君と同じ年だ」と励ました。雄弁で名をはせた海部氏はその後も「東海のケネディ」を自任し、初当選から29年後に首相となった。

 就任前はもとより、大統領になってからも、ケネディをめぐっては、女性問題など多くの醜聞があった。大統領としての力量が十分でなかったと指摘する識者もいる。

 だが、任期中に凶弾に倒れ、劇的な死を迎えたことで、ケネディが神話化されたことは否めない。「偉大な大統領」に関する世論調査では、今もケネディは5本の指に入る。

 とりわけ民主党では、若い政治家が彗星(すいせい)のごとく現れて人気を博すると、しばしば「ケネディの再来」といった形容が用いられる。

 1992年のビル・クリントンも、2008年バラク・オバマもそのように讃えられ、強い追い風となった。今年11月の米大統領選に向けた民主党指名候補争いで急浮上したブティジェッジ候補は、まだそのように表現されていないが、米国ではケネディはまぎれもないレジェンド(伝説的人物)であり、若い政治家にとって憧れの存在であることは間違いない。

 ケネディが特派員から政治家に転向したのは29歳のときである。父、ジョセフは政治家ではなかったが、巨万の富で息子を後押ししたことはあまりにも有名である。ジョセフの存在と資産がなければ、ケネディは大統領はおろか、下院議員にもなれていなかったといわれる。“親の七光り”で政治家になれたという意味では、28歳で衆院議員に初当選した小泉氏も同じかもしれない。

 

共通点

 

 下院議員を3期務めたあと、ケネディは36歳で上院議員にくら替えした。上院議員はわが国の参院議員のようなものだと思われがちだが、実際は下院議員よりも遥かに格が上で、“閣僚級”だといってもよい。一方の小泉氏は、通常は衆院当選6回で初入閣するところ、4回で、しかも38歳の若さで環境相に抜てきされた。

 ケネディも小泉氏も、比較的晩婚だったという点でも似ている。ケネディは36歳でジャクリーンと結婚し、2013年に駐日米国大使となるキャロラインが生まれたのは40歳のときである。大臣の育休取得を打ち出した小泉氏の結婚と第1子誕生は38歳のときであるから、ケネディと似たり寄ったりだと言えなくもない。

 こじつけながら、もう一つ付け加えるならば、若きファーストレディーとして注目されたジャクリーンの父はフランス系であったし、彼女自身、フランス語にも堪能であった。さらに、ジャクリーンは新聞記者としてマスコミに籍を置いたことがある。 あらためて記すまでもなく、滝川クリステル氏はフランス人とのハーフであり、かつてニュースキャスターを務めた。2人の夫人はそれぞれ大学時代、フランス文学を専攻した点でも共通している。

 ケネディは文学的な才能を兼ね備え、韻を踏む散文詩的な語り方を得意としたし、優秀なスピーチライターもついていた。今も多くの名演説や名ぜりふが語り継がれている。

 小泉氏もまた、訪れる演説会場は多くの人であふれ、聞き手を魅了する。「日々の鍛錬と事前の準備のたまものではないか。見習うべき点が多々ある」(若手議員)といわれるほどの努力家でもある。

 しかし、ケネディの演説には聴衆の心を揺さぶる理想とビジョン、情熱があり、大統領選、そして就任後にそれらが最大化したといえる。「未熟、若輩者」との批判に「潜在力、可能性」といった言葉を使って切り返すなど、相手候補やマスコミからの厳しい指摘をウイットで返す知恵もあったし、自分の弱点を長所に置き換える工夫にも長けていた。それは、演説力と討論力、そして突破力の発揮だともいえる。

 立場に大きな隔たりがあるとはいえ、小泉氏の場合、まだまだその域には達していない。国会改革も自民党の部会改革も、問題点を提起する発信力はあるが、「そもそもどんな国家像を描こうとしているのか、聞いたこともない。オヤジ(純一郎氏)は早くからやりたいことを明確にしていたが、息子にはそれが感じられない」(閣僚経験者)との指摘もある。

 首相官邸での“結婚発表”や大臣になってからの週刊誌報道、さらに新型コロナウイルス会議欠席などで、人気にやや陰りが見られる小泉氏だが、「次の首相にふさわしい政治家」の世論調査では、岸田文雄政調会長や河野太郎防衛相らを抑え、今も上位に登場する。小泉氏が自民党の“プリンス”であることに誰も異論はない。

 「高みに上れば、風当たりが強くなるのは当然。それに耐えてこそプリンスだろう」(中堅議員)とは言い得て妙である。

 

小泉氏本人は明言せず

 

 だが、永田町は将来を一切保証しない世界である。どれだけ“プリンス”として持ち上げられていても、“キング”になれなかったどころか、いつの間にか“過去の人”になった例は少なくない。「これまでの小泉氏はいわばアイドル歌手のようなもの。政治家としての真価が問われるのは、まさにこれから」(別の閣僚経験者)なのかもしれない。

 そもそも小泉氏が党内世論を重視していこうとしているのか、それとも永田町外の力で政治を変えようとしたいのかを明確にすることも求められる。

 純一郎氏は国民世論の支持を背景に郵政民営化を断行したし、ケネディはたとえ理想主義や書生論などとやゆされようが、国民に夢や希望を示し、ワシントン内外の既存勢力と激しい戦いを繰り広げた。逆に、もしも小泉氏が党内世論を重んじるのであれば、「もっと自分で汗をかくことが必要」(国対関係者)になる。

 一方、「小泉待望論が一気に高まるのは、自民党が苦境に陥ったとき。意外に近いかもしれない」(若手議員)との希望的観測もある。

 だが、自民党に強い逆風が吹けば、これまで「党内野党」として安倍政権を痛烈に批判してきた石破茂元幹事長への期待が高まるのが普通である。少なくとも、棚からぼた餅ですぐに小泉氏に首相の座が回ってくることは考えにくい。

 周りが騒ぎ立てているだけで、小泉氏本人が総理総裁への意欲を明言したことはまだない。

 14年前に第1次政権を担ったとき、安倍晋三首相は衆院当選5回で異例中の異例であったが、それでも年齢は52歳であった。小泉氏は現在、当選4回でまだ38歳である。そのため、「総裁選に出てくるのはもっと先。早くても10年後ではないか」(三役経験者)と見る者が多い。

 確かにこれまでの永田町の常識と感覚では、小泉氏は首相候補としては若すぎる。だが、世界に目を転じると、フランスのマクロン大統領は39歳、カナダのトルドー首相は43歳、オーストリアのクルツ首相は31歳でそれぞれ就任している。一定の当選回数や年齢がリーダーの条件でないことは、もはやグローバルスタンダードだといえよう。10年後では小泉氏の旬が過ぎ、むしろ「遅すぎた」といわれることも、ないとはいえない。

 さすがに小泉氏は次の自民党総裁選に名乗りを上げるわけにはいかないだろう。

 だが、国民の心を揺さぶるような政策を打ち出せば小泉待望論に火がつき、その次の総裁選、つまり順当にいけば、4年半後に現実的かつ有力な首相候補に躍り出るのではないか。そのとき小泉氏は43歳、くしくも憧れのケネディが大統領の座を勝ち取った年齢である。

[筆者]

政治行政アナリスト・金城大学客員教授

本田 雅俊(ほんだ・まさとし)

 

(KyodoWeekly3月2日号から転載)

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