小泉進次郎氏を初入閣させた効果もあって、2019年9月の共同通信社の世論調査では、内閣支持率は55%まで跳ね上がった。だが、相次ぐ閣僚の辞任に加え、「桜を見る会」をめぐる疑念から、同12月中旬の調査では42%まで下落し、わずかながら不支持率が上回った。安倍晋三首相は「憲法改正を私の手で成し遂げたい」と息巻くが、自民党総裁としての任期は来年9月までである。政権のレガシー(遺産)を残せるかどうか、今年がその分岐点となる。
たかが、されど支持率
内閣支持率の変動について記者が尋ねると、菅義偉官房長官は決まって「一喜一憂しない」「一つ一つ丁寧に対応していく」と答える。
確かに支持率は気流と似て乱高下しやすく、過剰反応していれば胃が痛くなるだろう。安倍政権の場合、支持率は比較的高水準で推移してきたとはいえ、最高は65%近くに達し、最低は30%台半ばまで落ち込んだことがある。
そもそも内閣支持率は、国民が時の政権をどのように評価しているのかを知るバロメーターである。
だが、支持率が低迷すると、首相は与党内で求心力を失いはじめ、政権運営がままならなくなる。のみならず、〈与党内野党〉が徐々に強大化し、倒閣運動に発展しやすい。だから首相官邸はこの〈負の連鎖〉を断ち切るため、何とか支持率を上向かせようと躍起になる。
ただ、安倍政権の支持率が下落したといっても、依然として42%を維持し、歴代政権と比べて必ずしも低いわけではない。これは主として岩盤保守層や経済界の支持によるもので、この層はまだまだ安倍首相を見放していない。
安倍政権に取って代われる〈チーム〉が浮上してこないことも、政権の安定性に大きく寄与している。「政治は1人ではできない。石破茂元幹事長はポスト安倍の有力候補だろうが、どのようなチームを編成するのか、仲間の顔がまったく見えてこない」(三役経験者)ことも〈安倍1強〉の背景にあり、一定の支持率が維持されている大きな理由の一つである。
一般的に内閣支持率が30%を割り込むと「危険水域」との表現が用いられ、政権運営が著しく厳しくなる。過去の例を見れば、支持率が2、3カ月連続で30%を下回れば、その政権はおおむね半年以内に退陣していることが多い。しかし、現在の安倍政権の場合、まだその水域に突入していない。
かつて永田町では〈青木の法則〉なるものが信じられた。青木幹雄元官房長官が唱えたとされるもので、内閣支持率と自民党支持率を足した数字が50%を下回れば政権は倒れるというものである。
だが、先月の調査では、安倍内閣の支持率は42%、自民党支持率は36%であり、この法則からも、安倍政権はまだ青息吐息の状態ではない。
臆測
安倍首相はその可能性を否定しているものの、昨年、二階俊博幹事長や麻生太郎副総理は早くも安倍首相の総裁4選を示唆した。しかしながらその後の展開は予断を許さなくなり、暮れには永田町で「安倍首相は4選どころか、東京オリパラを花道に退陣するのではないか」との臆測さえ流れた。
早期退陣論の背景には、「支持率が上向かなければ憲法改正は実現できない。それならば、多少なりとも余力を残したまま岸田文雄政調会長を後釜に据え、ハト派の彼の手で断行してもらいたいと安倍首相が願っても不思議ではない。そして安倍首相が任期途中で辞めることで、国会議員だけによる総裁選挙で石破氏をたたきのめし、自分に従順な岸田氏を選出することができると踏んでいるのではないか」(大手新聞社デスク)といった見方がある。
もっとも、昨年、「桜を見る会」の疑念追及が続いていれば、支持率はもっと落ち込んでいたかもしれないが、臨時国会は延長されないまま12月9日に閉会し、安倍首相は通常国会までの1カ月半近く、野党からの批判を免れている。自民党内では「安倍首相はまだ土俵際まで追い込まれていない」(中堅議員)との楽観論がまだ多数である。
いにしえより「人のうわさも七十五日」といわれるが、政権への批判や不満もしばらくすれば和らぐことが多い。集団的自衛権行使をめぐる憲法解釈の変更や「モリカケ問題」のときも内閣支持率は落ち込んだが、2カ月あまり、つまり七十五日もたたずに復調した。
熱しやすく冷めやすい日本人の国民性も、安倍政権に大きくプラスに働いてきたといえる。首相周辺は今回も、国会での本格的な論戦が始まる今年1月下旬頃までに支持率を回復させよう、少なくともベクトルを上向かせようと懸命になっている。
しかし、そうした最中での秋元司衆院議員の逮捕やその他議員の事情聴取は、首相官邸にとって大打撃となっている。「IR(統合型リゾート施設)構想のイメージが悪くなり、下手をすれば国会での議論が振り出しに戻りかねない」(自民党国対関係者)こともあるが、何よりも支持率回復の足かせになることが強く危惧されている。
オリパラ花道論も
安倍首相が憲法を改正し、自身のレガシーにしようとしていることは、衆目の一致するところである。北方領土問題や拉致問題では解決の糸口さえ見つからないため、現時点では、改憲がレガシーになり得る唯一のカードだといってもよい。憲法改正は自民党の党是でもあるため、安倍政権にとって〈錦の御旗〉となる。
しかし、憲法改正にはいくつもの高いハードルがある。手続き的には衆参両院による発議と国民投票が重要であるが、議論の〈入り口〉として注視されているのが国民投票法の改正である。これは、駅や商業施設への投票所設置など、投票機会を拡大するためであり、すでに公職選挙法は改正されている。
改正案を提出している自公両党や日本維新の会はもちろんのこと、野党の多くも基本的には賛成しており、「その気になれば4、5日で国会を通る」(自民党国対関係者)ほど難易度は低い。
だが、「国民投票法の改正は改憲の突破口になりかねない」(野党国対関係者)ことから、一昨年の通常国会以来、成立に向けた動きは止まっている。
首相周辺は、本年度の補正予算と令和2年度予算を早期に成立させ、その勢いで5月に国民投票法を改正し、改憲に向けて弾みをつけたいという。だが、野党に強い反対があってもそれを推し進めるには、できれば50%、少なくとも今よりも高い内閣支持率が必要とされる。逆に支持率が低迷する中での強行は、政権にとっての自殺行為に等しい。
4月には衆院静岡4区で補選が行われる。また、すでに衆院の任期が折り返しを過ぎたことからも、今年の永田町には緊張感が漂う。東京オリパラ後の10月に衆院選があるのではないかとも見られ、与野党のつばぜり合いは激しさを増す。
当面、1月20日に召集される通常国会では、引き続き「桜を見る会」の疑念だけでなく、IRをめぐる汚職事件でも安倍首相は矢面に立たされる。そのため、「もはやツーアウト。あと一つ何か問題が出ればチェンジではないか」(閣僚経験者)と危ぶむ声もある。
この1、2カ月で内閣支持率が回復の兆しを見せなければ、さらに今度の国会中に国民投票法を改正できなければ、いよいよ安倍政権に黄信号がともり、レームダック(死に体)化が始まる可能性が高い。国民投票法すら改正できずに衆院解散に打って出ることは考えにくく、「オリパラ花道論」が現実味を帯びるかもしれない。進むにせよ、退くにせよ、安倍政権は今年、大きな分岐点を迎えることは間違いない。
そういえば、福田康夫首相(当時)が「私は自分自身を客観的に見ることができるんですよ」と言い放って電撃辞任したのも、村山富市首相(当時)が「元旦の晴れた空を見て」といきなり退陣を表明したのも、今年と同じ〈子(ね)年〉であった。
[筆者]
政治行政アナリスト
本田 雅俊(ほんだ・まさとし)
(KyodoWeekly1月13日号から転載)