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政治家の〝言葉〟を考える やじ、失言、暴言の背景には

 「綸言(りんげん)汗の如し」(一度、口から出た言葉は元に戻らない)や、「言必信あり。行い必ず果たす」など、リーダーの言葉や約束を守ることの大事さを指摘した格言は少なくない。ところが、最近の政治家の言葉には、感情的なやじ、失言、暴言が目立ち、「政治家は言葉が命」という認識が薄れているのではないか。政治家の言葉はなぜ劣化してしまったのだろうか、その背景を探った。

 

「誠実さを取り戻す」

 被災者の思いを逆なでする復興相、憲法違反の疑いをそらすために言葉を言い換える防衛相、重要法案の答弁が行き詰まった法相など…、挙げればきりがない。安倍晋三首相も森友学園問題に対する、野党質問に激しくやじを飛ばし、感情的な物言いも目立つ。

 政治家ばかりか官僚が国会で「記憶にありません」と答弁を繰り返し、首相秘書官が野党質問をやじったりする。かつてはこうした場面があったら、先輩議員らがすぐに押しとどめたものだ。本来ならば、側にいる安倍首相や麻生太郎副総理兼財務相が、注意してしかるべきだが、放置していることはその発言を認めたことになりかねない。責任や見識にも関わってくるのではないか。

 国会を揺るがせている公文書の改ざん問題も、核心には言葉の問題がある。公文書は決裁までの過程では手直しができるが、決裁が済んだら書き換えは許されない。欧米では決裁文書は国民共有の財産との考えが徹底しており、政治家や書いた官僚の所有物ではない。決裁文書の改ざんは行政全体に対する信頼を大きく損なった。公文書は、ある事柄が後で問題になった時、手順を踏んで正しく政策決定が行われたことを証明する役割も持っている。

 自民党のある長老は「官邸は首相のひざ元で大変なことが起きていると認識すべきだ。言葉の使い方や規律を正すには、まず政治家が国民に語り掛ける誠実さを取り戻すことではないか。このままでは立憲主義や議会制民主主義が空洞化しかねない」と嘆く。

 政治家の言葉の劣化現象は、21世紀に入ったころから始まったと言われる。小泉純一郎元首相は、短い刺激的な言葉でメディアの関心をさらい、ワンフレーズ・ポリティクスなどと呼ばれた。十分な説明がないまま「敵か味方か」「賛成か反対か」と二者択一を迫る手法も言葉の乱雑さに拍車を掛けたと言われる。今や多くの若手議員がプログを発信している。開いてみるとプログに共通しているのは相手を説得口調ではなく、乱暴な表現でやり込めると言ったものが目に付く。インターネットでは、短く印象的な表現が注目されるので、政治家の言葉も過激な方向にエスカレートしやすいようだ。

 もう一点は小選挙区制に原因があるとの見方だ。党中央の力が強まり、候補者は肩書とか見栄えなどが重要な選考基準になり、地元でコツコツ活動する人は後回しにされがちだ。自民党政務調査会の幹部は「官邸主導になり何でもかんでも、官邸が決めた方針が下りてくるようになった。派閥ごとにあった政策集団が議論を戦わせ、切磋琢磨(せっさたくま)することがなくなったことも大きい」という。世代交代が一気に進んだために、首相経験者や長老議員から、苦労話や失敗談などの知恵を引き継ぐ機会が少なくなったことも影響しているようだ。

 

古典を学んだ

 

 少し前の自民党には、どんなに厳しく対立していても野党の指摘や注文に、対応する姿勢があった。安倍政権が耳を貸さないのとは異なる。政権党に欠かせないのは、当たり前のことだが国会と国民に対する誠実さではないか。その欠如が閣僚や官僚に反映され、答弁の乱雑さや不祥事を生む土壌をつくっているように思われる。

 政治家も地元の陳情に対応するだけではなく、広く世界やアジアの問題にも目を向けなければいけないということで、経済や国際政治の一流の学者、宗教家を定期的に党本部に招いて、勉強会を開いた時期がある。

 異色だったのは陽明学者、安岡正篤氏も常連の講師だったことだ。安岡氏は「平成」の元号の選者と言われる。30代のころ既に吉田茂首相から「老師」と尊称され、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、大平正芳、竹下登、小渕恵三など歴代首相が、施政方針演説のチェックや外国首脳との対応の仕方などの指導を受けた。

 この講演会には安倍首相の父、晋太郎氏らも顔を出していた。「安岡帝王学」などと呼ばれ、講義は論語や孟子、十八史略、貞観政要などから、政治家の立ち居振る舞いをはじめ現代にも関係する有名な古語の解説があった。当時、政治家にも修養が必要だという空気があったことは注目していいだろう。安岡氏の帝王学講座の講義ノートから、今でも役立ちそうな言葉をいくつか挙げてみると―。

 「天下の目を以て視(み)、天下の耳を持って聴く」(淮南子。できるだけ多くのものを見て、多くの人の意見を聞きなさい)

 「士は弘毅ならざる可からず。任重くして道遠し」(論語。徳川家康が家訓に使った)

 「天行健やかなり、君子自彊(じきょう)してやまず」(易経。天は物事を公平に見ているから、人間は誰でも一生懸命、努力しなさい)

 また、西郷南洲には「功績のある者には賞を与えよ。功労があるからといって、ふさわしい見識がない者に地位を与えると、国家混乱の原因となる」がある。

 政治家は言葉が命である。国民の心に届く言葉が今ほど求められている時代はない。

(政治ジャーナリスト 上毛野 哲人)

 

(KyodoWeekly5月21日号から転載)


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