「特集」 森林環境税 ステルス増税か? これからの林業 未来志向で議論を
2024年6月から森林環境税の徴収が始まった。本稿は制度や経緯が複雑で理解し難く、批判も多いこの森林環境税の議論を整理する。
課税前から先行交付
東日本大震災からの復興特別税のうち住民税の引き上げ千円が終了した段階での課税開始であったため、増税を隠すステルス増税ではないかとの批判がなされている。徴収された税収は森林環境譲与税として地方自治体へと交付され、それぞれの自治体で森林整備や国産材の利活用促進のために利用されることになっているが、課税前の19年から先行して交付が開始されるという特別な運用がなされている。
林野庁の聞き取り調査によれば交付された譲与税は19年度から23年度までの5年間で2千億円であり、そのうち1512億円が活用される予定であるが残りの488億円は積み立てられているという。
財政の重要な原則に「量出制入」の原則がある。この原則は公共政策として必要な金額をあらかじめ見積もり、それに応じた課税を行うということを要請している。活用しないのであれば課税するべきではないのではないか?
しかも譲与税を交付する配分は私有の人工林面積50%、林業従業者20%、人口30%となっており森林の少ない自治体にも交付されることになっていて、人口の多い都市部へも交付されることに疑問の声があった。24年度からは配分基準を見直して私有の人工林面積55%、林業従業者20%、人口25%としたがこれで問題は解決したのだろうか。
なぜ千円?
増税は嫌われる政策であるのは世界共通である。しかも税収がどのように利用されているのかの実態が分かりにくいとなれば、なおさらである。租税の専門家の間では1人当たり千円という負担額が問題視されている(青木宗明他「国税・森林環境税ー問題だらけの増税」自治総研ブックス、2021年)。租税の設計の中で1人当たりの課税額が定額のものは人頭税と呼ばれ、最も古くから活用されてきた課税方法である。人頭税はシンプルな設計で課税も税収の予測も容易であるが、所得が高い場合も低い場合も無関係に徴収される逆進的な税制である。逆進性というのは所得が高くなるにつれて租税の負担割合が低下する性質をいう。年間千円の課税は重い負担とはいえないものの、年収100万円の人にとっては0・1%の負担であるが、1000万円の人にとっては0・01%の負担となりここに不公平な負担の構造がある。
租税の設計において逆進性の強い人頭税は採用されるべきではないが、日本においては地方税としてであれば例外的に「負担分任原則」として認められてきた。住民税の均等割はこの負担分任原則によって正当化されている。筆者はそもそもこの例外的な扱いに問題があると考えるが、復興特別税は確かに地方税として徴収されてきたため原則から逸脱しているとはいえなかった。ところが国税として徴収される森林環境税に地方税の原則である負担分任原則を当てはめて正当化することは、自治体が税収を利用するとはいえ、苦しい。
復興特別税がなくなるタイミングでの課税の開始は、時限的な増税として国民を説得しておいて、いったん増税したら財源は手放さないという印象を与えている。つまり、時限的だという説明は嘘であった、という疑念である。本来であれば制度が開始した19年から課税するべきところ、復興特別税とのダブル課税を避けて増税のタイミングを後ろ倒しした負担への配慮であったはずだ。しかし、この配慮が国民に隠して増税をするステルス増税と批判する余地を与えてしまった。租税政策は姑息(こそく)に捉えられかねない配慮よりも、正当な理由を説明することの方が重要である。李下に冠を正さず、である。
もっとも、復興特別税のくら替えでないのだとしたら千円という金額はどこから出てきたのであろうか。後述するような持続可能な森林と林業を実現するためには年間600億円程度の税収ではとても足りない。量出制入の原則からすれば、より大規模な増税が必要となるのではないか。
森林大国
国土の3分の2を森林が占める日本は森林大国と呼ばれる場合がある。しかし、江戸時代後期から森林は過剰利用の状態にあり、明治後期になってやっとドイツから森林管理のための林学が導入されて1899(明治32)年に国有林野法が制定されて森林の保護が開始された。戦前から国有林を中心に拡大造林が開始されたが、現在の高い森林被覆率の元になったのは戦後の拡大造林政策によるところが大きい。戦後復興による旺盛な住宅建設によって木材需要は非常に高く、慢性的な外貨不足によって輸入率も低かったため国内の木材自給率の向上と山村振興を念頭に造林の補助が拡大された。この時期に住宅の建築材料としての杉と檜(ひのき)が中心に植林がなされたため、後に花粉症が国民病となることになってしまった。
1964年には木材の全面的な輸入自由化がなされたが、相対的に安い為替と高い住宅需要と経済成長によって70年代は木材価格が高騰して林業はもうかる産業となっていた。しかし、70年代も後半になると木材需要は頭打ちとなり円高の進行によって輸入木材の価格が下落して木材価格は下落、国内の林業は徐々にもうかる産業から衰退する産業になっていった。
森林の多面機能化
戦後に植林した森林は過密に植林して間伐をすることで質の高い建材を生産することが念頭に置かれていた。しかし木材価格の低下に伴い、植林したものの収益の見通しが立たずに間伐されない森林が増えていった。森林は木材生産としての場から、防災や生物多様性を念頭に置いた多面的機能が重視される場へと転換していった。このような公益的機能を担保するため、間伐に補助金を支給して森林整備が進められるようになった。92年には国連気候変動枠組み条約が成立し、97年には京都議定書が採択されて温室効果ガスの吸収源として森林は位置付けられるようになったのである。ただし、適切な森林経営が行われている場合に限られる。
2000年代には林業の担い手不足の解消のために「緑の雇用」事業がスタートし、引き続き間伐が進められた。間伐の進行とともに問題となったのが間伐材をどうするかという問題であった。間伐材の利活用が進められたが需要の掘り起こしには限界がある。間伐材をそのまま森林に放置する切り捨て間伐が増加せざるを得なかった。間伐そのものの費用よりも間伐材を森林から搬出する費用の方が高かったからである。
大雨が降ると森林に打ち捨てられた間伐材が流出して土砂災害を引き起こすことが問題視されるようになっていた。もっとも2010年代には再生可能エネルギーの固定価格買取制度において間伐材などの未利用材を用いた木質バイオマス発電が促進されたため、間伐材の処理という意味ではかなり問題は解決することになった。
そして足元では戦後に植林した森林のうち間伐が行われてきた森林は樹木が育って主伐期を迎えている。戦後、最大で年間30万ヘクタールに達した素材生産のための主伐はその後低下して10年頃には3万ヘクタールまで減少していた。しかし主伐面積は徐々に増加して20年度には8・7万ヘクタールとなっている(森林・林業統計要覧の推計値)。ところがこのうち3・4万ヘクタールしか再造林ができていないという。森林の多面的機能や二酸化炭素を吸収する機能が重視されており、森林法では伐採後には植林を行うことが義務付けられている。しかし、天然更新が期待できる場合には再造林をしなくともよいことになっている。何よりも主伐の減少によって再造林に必要な苗木の生産も減少していて、植林の担い手も労働が厳しく低賃金なのでいない。つまり、再造林をしたくともできない状況にあるのである。
未来の脱炭素の中心に
以上のような厳しい林業の現実を鑑みれば、公共政策としての森林政策が必要であることは理解できる。しかも、これからの脱炭素政策を考える上で、二酸化炭素の吸収源としての森林の重要性は高まっていくと考えられる。というのは、化石燃料による発電は再エネ発電に置き換えられ、自動車は電気自動車へと転換していくが、例えば鉄鋼生産のような脱化石燃料化が高コストな分野が残されることになる。2030年代には植林による二酸化炭素の吸収が相対的に安価な脱炭素政策になる状況が生まれると考えられる。つまり、林業は未来の脱炭素政策の中心に据えられることになる。花粉症という強烈な「公害」を解消するための広葉樹林への転換や無花粉杉への植え替えの需要も強い。
しかし日本の林業労働は全ての産業の中で最も低所得の労働となっていて、特に再造林にかかる仕事は低賃金である。再造林については補助金の単価が決められているため準公的な労働といってよい。公共政策がワーキングプアを生み出し、それゆえ産業の衰退を招いている。低価格の労働は現場での安全軽視にもつながっており、林業における労災率・労災による死亡率は全産業の中で突出している。
主伐後の植林をすること、広葉樹や無花粉杉へと植え替えをすることが脱炭素時代の持続可能な森林には必要である。林業労働者の処遇改善をすること、安全を確保して地域の有望な職業とすること、これが脱炭素時代の森林を支える林業にとって必要なことである。そのためには森林環境譲与税を通じた森林整備と国産材の利活用は資するはずである。
はずであるが、実際はどうなっているだろうか。コロナ禍からの回復に伴って米国での住宅需要の高まりを受けて、21年には国際的な木材価格が急騰するウッドショックが発生した。国内でも木材価格は高騰したが、このことによって植林が促進されたり林業労働者の処遇が改善されたりということは確認されていない。そして残念ながら森林環境譲与税による植林の推進と処遇改善は限定的である。
処遇改善へ強力な政策を
1人千円という負担から得られた税収を機械的に地方に譲与しても「帯に短したすきに長し」で使いにくい。もちろん地方自治の観点からはそれぞれの地方で使い道を考える譲与税の方法は望ましさもある。しかし、三位一体の改革と集中改革プランによって予算と人員の削減を進めてきたため、独自の施策を考えて実行する体力のない自治体が大宗を占めるようになってしまった。準公的労働である保育の分野では保育士の処遇改善が実現している。今後の再造林と林業労働の処遇改善を行うためには、より強力な政策誘導が必要になってくるだろう。
東京経済大学経済学部教授 佐藤 一光(さとう・かずあき) 慶應義塾大学経済学部、横浜国立大学国際社会科学研究科を経て、慶應義塾大学経済学研究科修了、博士(経済学)。同大経済学部助教、内閣府計量分析室、岩手大学人文社会科学部准教授、東京経済大学経済学部准教授を経て、2024年度より現職。論文に”Input Output Analysis on Chinese Urban Mine” in Economics of Waste Management in East Asia(Routledge、2016)など。
(Kyodo Weekly 2024年7月15日号より転載)