急に寒くなり、わが家も慌てて衣替えを終えました。ニットの服をたんすから出しながら、毎度歌っているのが雅楽の歌「更衣(ころもがえ)」。
〈更衣せむや さ きむだち 我(わ)が衣は(衣替えしましょうよ、さあ、貴族のお方 私の持っている衣は)〉
〈野原篠原 萩の花摺(はなずり)や さ きむだちや(野原や篠原に生えている萩の花が摺ってあるんですよねえ貴族さま)〉
これは季節がわりの衣替えというより、「ねえねえ、今着てる服じゃなくて、私の持ってきた服を着てちょうだいよ」という、男女の駆け引きを描いたロマンチックな歌詞であるという説もあるようです。春夏は「萩の葉」、秋冬は「萩の花」と歌詞を変えて歌っていたところにも、季節の移ろいを楽しんだ平安貴族の心が感じられます。
雅楽の歌物には「朗詠(ろうえい)(漢詩を歌うもの)」と「催馬楽(さいばら)(庶民の歌を平安貴族が取り入れたもの)」というジャンルがあり、そのほかにも「神楽歌(かぐらうた)」などさまざまな歌がありますが、その歌詞は意外と等身大で、現代のわれわれの感覚にも通じるものが多くあります。
〈その駒(こま)ぞや 我に草請(こ)う 草は取り飼はむ 水は取り飼はむや(その馬が私に草をくれというから、草をやって飼おう、水をやって飼おう)〉

こう歌うのは、宮中の儀式で歌われる神楽歌の「其駒(そのこま)」。神様を元居た場所にお送りする歌舞として、神楽歌の一番最後に歌われます。厳粛な儀式の中で歌われる歌詞は、よくよく聞くと意外にも牧歌的です。
続いては、私が一番好きな歌を紹介しましょう。現在では残念ながら伝承が失われてしまっていますが、歌詞は文献に残っています。
〈ちからなきかえる。力なきカエル。ほねなきみみず。骨なきミミズ〉(催馬楽「無力蝦(ちからなきかえる)」)
森山直太朗もびっくりの歌詞。これが平安の頃に作られ、今でも残っているというのが驚きです。一見ふざけたような歌詞ですが、これは当時の政治を揶揄(やゆ)し、気骨のない者を批判する意味があったのではないかという説も。まあ、ふざけただけかもしれませんが・・・。
どんな時代も人間の営みとともにある「歌」。雅楽に興味があっても楽器を始めるのには少しハードルが・・・と感じられる方は、歌から入ってみるのもいいかもしれません。自然に感動した時、気になる人にアピールしたい時、そして気に入らない奴にこっそり嫌味を言いたい時も、口ずさめる古い歌があるのはとても楽しいことだと思います。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年11月6日号掲載)