「東京に来ないで」三つの違和感

写真はイメージ

 2019年に公開され話題となった映画「翔んで埼玉」(武内英樹監督)。都会的で洗練された東京や神奈川との対比で、埼玉や千葉をユーモアたっぷりにディスる内容だが、終わってみると、両県への愛と賞賛、温かいまなざしが印象に残る作品だ。

 物語の中で、埼玉県民が東京都との県境を越える際、関所で厳しい検問を受けるシーンがあって観客が爆笑していたが、昨今のコロナ禍で東京都の小池百合子知事が「東京に来ないでください!」と声高に言うのを聞くにつけ、もはや笑ってはいられない。と同時に最近、三つの違和感というかモヤモヤにさいなまれている。

 一つ目は日々、発表される新型コロナの新規感染者数の「都道府県別の」統計だ。通勤や通学、習い事などで県境を越えた生活圏、経済圏を共有している私たちにとって、この数字はどれぐらい意味があるのだろうか。

 総務省の統計(2015年)によると、都内在住者で同じ都内に通勤・通学しているのは約740万人、都外からの通勤・通学者はその4割近くに当たる約290万人いる。住民票の人口でなく、そうした昼間人口の動態をもとに圏域レベルの傾向を捉えないと、問題を見誤るのではないか。

 今年4月末、東京都の緊急事態宣言を受けて、発令されていない隣県の川崎市の商業施設に客足が流れてにぎわったというニュースに、神奈川県の黒岩祐治知事がいら立っていたが、買い物に行こうという人が、都道府県という行政単位を意識することは通常ない。「都道府県別」の感染者数と、そこから導かれる県単位の施策の矛盾と限界が露呈した一例だといえる。「合成の誤謬(ごびゅう)」とはまさにこのことだ。

 二つ目のモヤモヤは、感染防止を訴えるメッセージの劣化だ。

 1年目は「マスクと手洗いの励行」「3密回避」「人との接触を8割減らす」など、分かりやすかった。ところが、変異株が猛威を振るい始めたころから、「とにかく外に出ないでください」「マスクをしていても安心せず、なるべく会話を控えてください」というふうに制約の強度が増し、かつ曖昧になった(ように感じる)。自粛疲れと予防の慣れも手伝って、2年目の今年、多くの人は自分の行動を律する基準が見えにくくなったのではないか。ほとんど「オオカミ少年」と化した緊急事態宣言の効果は、期限延長されてもあまり期待できないのではないか。

 三つ目のモヤモヤは、大臣や首長らが言う「もっとテレワークをやってください!」だ。テレビカメラの前で語気を強める彼らに「そういうあなたは毎日、登庁してますよね」と突っ込みたくなる。「最前線で指揮をとるためだ」と反論するのだろうが、おそらく同様の理由は職場ごとにある。さまざまな事情でテレワークが難しい人たちへの配慮が伝わってこない。

 あるニュース番組を見ていたら、感染拡大に緊迫するある県で、県庁幹部がそろいの防災服に身を包み、大会議室に集結して対策を話し合っていた。県ごとの感染者数におびえ、県民に外出自粛を訴える前に「それ、オンライン会議ではできないんですか」と問いたくなる。まさに「隗(かい)より始めよ」ではないか。

(井桁)

 

(KyodoWeekly6月7日号から転載)

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