「言の葉の森」カタカナ語考

写真はイメージ

 新型コロナウイルスに関連して広がった「クラスター」「ロックダウン」「ソーシャルディスタンス」といったカタカナ語に対する違和感もだいぶやわらいできたと思ったら、変異株の出現や感染状況の長期化に伴って「スクリーニング」「リバウンド」の表現も使用されはじめた。

 日々のニュースでは「カーボンニュートラル」「モメンタム」「サブスクリプション」「ジェンダーフリー」「ダイバーシティー」といった言葉も使われ、もはやカタカナ語なしの文章を見つけることのほうが難しい。

 文化庁の「国語に関する世論調査」(2017年度)では、カタカナ語の使用を「どちらかと言うと好ましくない」と感じている人が3割台に上り、その理由を6割が「分かりにくいから」としている。カタカナ書きは外国語を音で表せて便利という半面、意味を表しはしないからだ。

 例えば訪日外国人旅行を意味する「インバウンド」。15年の流行語大賞の候補に挙がったものの、先の「国語に関する世論調査」では、意味が分からないと答えた人が6割以上おり、浸透している言葉とは言いにくい。

 バウンド(bound)には「跳ねる」以外に「~行きの」という意味もあることを知らないと、「インバウンド」(内側で跳ねる?)がなぜ訪日旅行を指すのだろうという見当違いの疑問をもつことになる(白状すれば、これがこの言葉に対して最初に抱いた私の感想である)。

 カタカナで書いてあるとはいってもその実、ほとんど外国語のままの上、音の写しでしかない分、むしろもともとの外国語より分かりにくい気さえする。カタカナ語を否定するわけではないが、言葉はコミュニケーションの手段なのだから、意味が伝わらなければ本末転倒だ。

 一方、「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter、黒人の命は大事だ)」という米国で広がった人種差別に抗議する運動のスローガンは、日本語に訳すのが難しい言葉である。

 「命は」と「命も」のどちらの助詞を使うかでニュアンスが変わってしまうこともあり、日本語訳を巡っては議論が起きた。中にはあえて訳さずカタカナ表記がいいのではという意見もある。

 LivesやMatterには多くの意味が込められているのに、訳すとその多義性が失われてしまうからだ。カタカナのほうがかえって、言葉を広く深く捉えられるケースもあるように思う。

 言葉は地域の歴史や文化と密接に関わっている。そうした背景にも目を向ける余裕を持って、なんとなく言葉を使うのではなく、主体的に言葉を選びたい。

(毎日新聞社 校閲センター 森山 真弥)

 

(KyodoWeekly5月3&10日号から転載)

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