「口福の源~食料」後世に受け継ぐ努力

ひじっ好(新村一成さん提供)

 山口県の最東端に位置し、瀬戸内海の西に浮かぶ屋代島(周防(すおう)大島)と、その周囲に浮かぶ五つの有人島と25の無人島から成る山口県周防大島町は、離島振興の父といわれる民俗学者、宮本常一翁の故郷である。

 屋代島は1976年に大島大橋によって対岸の柳井市とつながり、沖家室島(おきかむろじま)は1983年に沖家室大橋によって屋代島とつながっている。また数々のヒット曲を輩出した作詞家・星野哲郎氏も周防大島町の出身である。

 周防大島町について語る時に真っ先に出てくるのが「瀬戸内のハワイ」というコピーであろう。明治18(1885)年、時のハワイ政府は急増するサトウキビ畑や製糖工場で働く人々を確保するために、官約移民という制度を明治政府と結んだが、その際、周防大島町から約4000人の人たちがハワイに渡ったといわれている。

 彼らが日本に戻る際に米ハワイで触れた文化や風習を、周防大島に持ち帰ったというのがコピーのいわれなのである。こうした歴史的なつながりから、昭和38(1963)年にカウアイ島と姉妹島となり、以来活発な交流が行われている。

 昭和35(1960)年には5万人近くあった周防大島町の人口も近年では3分の1に減少しているが、転入と転出の差をみる社会増減に着目すると違った一面が浮き彫りになる。これが今一つの大きな特徴である。

 Iターンを中心とした転入者が町内でさまざまなプロジェクトに取り組み、その成功体験が新たな転入者を呼び込むという好循環が起きているのである。こうした流れをさらに加速させるために、お試し居住などの施策が積極的に展開されており、ポストコロナのテレワークやワーケーションのサイトとしても期待されている。

 さて、今回の食の舞台は、周防大島町日前(ひくま)の北約5キロに浮かぶ浮島(うかしま)である。

 周囲6・8キロの小さな島で人口も約220人弱と少ないが、小学校もあり、カタクチイワシを対象とするイワシ船引き網漁が盛んな漁業の島である。

 この島の網元の家に生まれた新村一成さんは、子どもの頃から漁業の衰退を身近に感じており、需要の減りつつある煮干しに代わる新しいイワシの活用法として、瀬戸内産のオイルサーディンの開発・販売に乗り出した。

 その後、古くからお土産品として人気が高かった周防大島産ヒジキを、乾燥させて味付けした商品の生産者が休業したと知り、「もったいない」と思い立ち、作り方を学んで復活させることに成功した。

 これが今回ご紹介する「ひじっ好(こ)」である。おやつや酒のつまみとして、そのまま食べることができるので手軽であるが、湯通しをしたキャベツなどのドレッシング代わりとするのが筆者のお勧めである。

 さらに「ひじっ好」に「いりこ」を混ぜ合わせた「ひじっ好いりこ」も発売されており、わが家の貴重なカルシウム源となっている。

 今回のコロナ禍でも感じられたが、わが国はいついかなる時に食料資源の枯渇に直面することになるか分からないぐらい脆弱(ぜいじゃく)な体質を抱えている。

 だからこそ、獲れるものを大切にして、加工や保存の技術を後世に受け継いでいく努力が必要なのではないだろうか。

(日本離島センター 専務理事 小島 愛之助) 

 

(KyodoWeekly5月3&10日号から転載)

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