「漫画の森」時に、名は体をあらわさず

写真はイメージ

 漫画のタイトルは「名は体をあらわす」系が多数派だが、中にはタイトルが与える印象を熟知した上で、読者をミスリードし、楽しんでいるのでは、と思える作品がある。

 「夏目アラタの結婚」(既刊4巻、乃木坂太郎/小学館)は悩めるヒロインのラブコメではない。連続猟奇殺人で逮捕され控訴中の死刑囚と、児童相談所の職員が繰り広げる心理サスペンスだ。さらにいえば、死刑囚が女性で児相職員が男性。展開もキャラ心理も容易に予見させない不気味さと緊迫感でぐいぐい読ませる。

 仕事熱心だが手の早い児相の若手職員、夏目(なつめ)アラタは担当ケースの子どもの軽挙がきっかけで、世間を震撼(しんかん)させた死刑囚・品川真珠(しながわ・しんじゅ)に面会するはめになる。黙秘中の彼女から情報を引き出す任を負ったのだ。逮捕時の肥満体にぼさぼさ頭、極端に乱れた歯並びを記憶していたアラタは、面会室に現れた真珠を一見して驚愕(きょうがく)。体重を落とした彼女は、少女にしか見えないはかなげな姿に変わっていた。加えて「小学校の授業にもついていけなかった」はずなのにかみそりのような知性を見せ、アラタの真意をほぼ初見で看破。面会を切り上げようとする真珠を引き留めるべく、彼は呼びかける。「品川真珠、俺と結婚しようぜ」

 この、やけっぱちなせりふの何かが真珠の感性にひっかかる。結婚など口から出まかせと気づきながら、真に受けたふりで真珠は面会を続ける。アラタのほうは、面白がられていることを百も承知で、熱意をこめて一目ぼれ男を演じ続ける。ここから2人の「マウントのとりあい」が始まるのだ。

 アラタというキャラはダークヒーロー寄りの主人公で、しかも屈強だ。悪ぶりながら正義側にいる二面性が、真珠との心理戦で非常に奏功する。その彼から見ても彼女は底知れない。真珠が被虐待児だったころを知る担当弁護士は、いちるの望みをこめて「彼女が無罪じゃないかと思ってる」と言うが、アラタにすれば「どう見ても真っ黒でしょ、あれは」。彼は真珠を見切っているし心のどこかで軽蔑してもいる。だが「社会的に自分サイドにいる女」との確信だけは揺らぐことがない。この確信がどれだけ重要なピースで、どれだけ人の判断を鈍らせるかがじわじわ伝わる。経験も度胸も狡猾(こうかつ)さもあるはずのアラタが、真珠の前では丸腰で立っているように思えてくる。

 うそとはったりばかりの言葉のやりとりの中に、少しの真意がまじる瞬間もある。「(真珠は)やることなすこと気色悪くて、神経を逆撫(さかな)でする女です。愛され方がわからなくて、ぎこちないひきつった笑いしか作れない。俺はそういう笑顔を愛(いと)しいと思う男です」(1巻7話)「さっさと婚姻届もってこいよ。お前の字で、代筆なしのサインを入れて。好きだよ、アラタ。もう絶対離れないから」(2巻10話)。どんなうそであったとしても、彼らは体を張って口にしている。そして「体を張る」経験値は、たぶん真珠のほうが少し高い。

 面会室の強化ガラスはどこまでアラタを守ってくれるのか。真珠はほんとうに出てきてしまうのではないか。そのときアラタに逃れるすべはあるのか。美しい顔に乱れた歯並びの笑顔がアラタを追い詰める。どんな型にもはまらない破格のヒロイン・真珠は、いびつな形だがアラタの魂の好敵手なのだ。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly3月8日号から転載)

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