「本の森」希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉

中村 哲

●192ページ

●西日本新聞社(税別1500円)

 

経済至上主義への警鐘も

 

 「医療に恵まれないパキスタンで一粒の麦になりたい」

 辺境の地で人道支援に尽くした中村哲(なかむら・てつ)医師(享年73)は1984年にパキスタン・ペシャワルの病院に赴く際、西日本新聞にそう語っている。

 一粒の麦は、地に落ちることによって無数の実を結ぶと説いたキリストの言葉を新約聖書から引用したものだ。

 その後、中村医師の医療活動は内戦で多くの人が難民化したアフガニスタンへと広がる。同国では大干ばつに直面し「百の診療所より一本の用水路を」と井戸掘りから用水路の建設へと突き進んだ。

 中村医師は折に触れて、現地での活動を随想とともに紹介する原稿を西日本新聞に寄せてきた。2009年に始まったのが「アフガンの地で」と題した随時連載。2019年12月4日に現地で凶弾に倒れる直前まで続いた。

 書かれているのは、約1万6500ヘクタールの土地を潤す用水路開通の高揚感や、砂漠だった土地で行った奇跡と呼べる田植え、空爆や洪水に見舞われながらも続けた工事の様子など―。自然への敬意や、温暖化を軽視する経済至上主義への戒めも随所に語られる。

 同連載を編み直したのが本書である。35年にわたる中村医師の活動の、最後の記録であり、絶筆も含まれる。活動を支援してきた福岡市の「非政府組織(NGO)ペシャワール会」の会報に寄せた随筆も加えた。

 

80枚を超えるカラー写真

 

 圧巻はペシャワール会の協力を基に、収載した80枚を超える写真だ。現地の暮らしぶりや工事に汗を流すアフガンの人々の姿を、中村医師やスタッフが撮影した。芥川賞作家の火野葦平(ひの・あしへい)を伯父にもつ中村医師は書いて訴える「言葉の人」だったが、本書ではカラー写真の数々がその文章を裏打ちする。

 映し出された人々の表情は、長年現地で心を寄せたからこそ撮れる、偽りのないものだ。

 1冊の本にするにあたり、文中の時事用語などには出版元の責任で脚注を追加し、当時の社会情勢を振り返りやすくした。米同時多発テロをリアルタイムで知らない若い世代にも手に取ってほしいと願っている。

 「一粒の麦」は、人の幸福のために自らを犠牲にする人のたとえ。中村医師は、麦どころか水さえも満足に飲めない土地で人々に寄り添った。そして「見捨てられた地」に中村医師が導いた水の一滴一滴が、人々に恵みをもたらし、希望となった。

 それは同時に、干ばつや飢餓とは縁遠い日本で生かされている私たちの心に、波紋を生じる一滴でもある。

 「私たちはどこに向かおうとしているのか」

 そう、中村医師が問いかけている。

(西日本新聞社 出版グループ 田中 直子)

 

(KyodoWeekly1月18日号から転載)

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