「映画の森」コロナ下で相次ぐ長時間映画

 7月に公開された大林宣彦監督の遺作「海辺の映画館―キネマの玉手箱」(179分)に続いて、テレビドラマを再編集し、今年のカンヌ映画祭で「オフィシャルセレクション」に選出された深田晃司監督の摩訶(まか)不思議な恋愛映画「本気のしるし《劇場版》」(公開中・233分)、今年の東京国際映画祭のオープニング作品となった武正晴監督のボクシング映画「アンダードッグ 前編・後編」(11月27日公開・276分)、休館していた岩波ホール復活の第一作で、北海道室蘭市を舞台にした7話連作形式の「モルエラニの霧の中」(2021年2月6日公開・214分)が劇場公開させる。加えて、マルセル・カルネ監督の名作「天井桟敷の人々」(45・190分)の4K修復版も公開中だ。

 コロナ禍で映画館離れが叫ばれる中、こうした長時間映画が相次いで公開されるのは反意的でもあり、興味深い。

 そこで、今回は長時間映画について考えてみたいと思う。(製作年・洋画の上映時間はIMDb調べ)

 まず、「十戒」(1956年・220分)、「ベン・ハー」(59・212分)、「スパルタカス」(60・197分)、「クレオパトラ」(63・192分)といったスペクタクル史劇、あるいは「風と共に去りぬ」(39・238分)、「ジャイアンツ」(56・201分)、「アラビアのロレンス」(62・228分)、「ゴッドファーザーPARTⅡ」(74・202分)、「ディア・ハンター」(78・183分)、「ライトスタッフ」(83・193分)、「ラストエンペラー オリジナル全長版」(87・219分)、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(90・181分)、「シンドラーのリスト」(93・195分)、「タイタニック」(97・194分)といった壮大な叙事詩や大河ドラマは、大作主義のハリウッドが最も得意とするところだ。

 一方、作家主義と呼ばれるヨーロッパやアジアの監督たちの作品にも、長時間映画は数多く見られる。例えば、アンドレイ・タルコフスキー監督の「アンドレイ・ルブリョフ」(71・205分)、テオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」(75・232分)、イングマール・ベルイマン監督の「ファニーとアレクサンデル」(82・311分)、ジャック・リベット監督の「美しき諍(いさか)い女(め)」(91・238分)、タル・ベーラ監督の「サタンタンゴ」(94・438分)、エドワード・ヤン監督の「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(91・236分)、ワン・ビン監督の「鉄西区」(02・551分)といった具合に。

 筆者は学生時代にベルナルド・ベルトルッチ監督の「1900年」(76・316分)と、リバイバル公開された「天井桟敷の人々」を立ち見で見て、へとへとになった記憶がある。

 

永遠のテーマ

 

 ところで、もともと映画は、膨大な撮影フィルムを編集して公開するもの。それ故、どこをカットするのかという編集作業をめぐって、しばしば監督とプロデューサーが対立する。監督は自らの表現方法としての映画に、プロデューサーは商品としての映画にこだわるからだ。

 黒澤明監督が、松竹で撮った「白痴」(51)は、当初は265分あったが、現在は166分版しか残っていない。製作時、大幅なカットを要求する会社側に対して、黒澤監督が「フィルムを斜めに切れ」と怒ったエピソードは有名だ。

 もちろんカットすることで質が落ちる映画もあるが、逆に締まってよくなるものもある。だから、この対立は、答えの出ない永遠のテーマだともいえる。

 そんな監督たちのリベンジというわけでもあるまいが、1980年代後半あたりから、プロデューサーによって不本意な編集をされた監督自らが、改めて編集し直した“ディレクターズカット”と呼ばれるものが公開され始めた。また、ビデオやDVDといった映像ソフトの製作側が、特典として、完全版と銘打ったものを発売するようにもなった。

 その結果、例えば、フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」(79)には、 劇場公開版(153分)、特別完全版(202分)、ファイナル・カット(182分)が、セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(84)には、初回劇場公開版(144分)、劇場再公開版(205分)、完全版(229分)、エクステンデッド版(251分)が存在することになった。

 こうなると、何を持って“正編”とするのかが分からなくなり、見る側は戸惑うばかりだ。

 

ネット配信主流の中で

 

 また、一時、邦画では「ソロモンの偽証」(15・前篇・事件121分/後篇・裁判146分=計267分)、あるいは「寄生獣」(14・109分)と「寄生獣 完結編」(15・118分)、「るろうに剣心 京都大火編」(14・139分)と「るろうに剣心 伝説の最期編」(14・135分)といった前後編や複数構成ものが流行した。

 その中から、「あゝ、荒野」(17・前篇157分/後篇147分=計304分)のように、本編の未公開シーンを追加して再編集し、連続ドラマとしてインターネットで配信するものも現れた。

 この中には、きちんと編集すれば、わざわざ前編、後編にする必要はないと思われるものも少なくないが、配信をウオッチしていると、今後もこうした形式は増えていくと思われる。ちなみに、近々公開の「アンダードッグ」もこの範疇(はんちゅう)に入る。

 ネット配信といえば、Netflix(ネットフリックス)が製作したマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」(19・209分)は、配信と劇場公開が並行して行われた。すると、「やはり映画は映画館で見たい」という人よりも、長時間の映画を、連続ドラマを一気見するような気分で見られたり、用ができたり、飽きたりすれば途中で止めることもできる配信を好む人の方が多いことが明らかになった。

 昔から、興行側は観客の回転率が悪くなるという理由で、長時間映画の上映を嫌う傾向があった。加えて、コロナ禍の影響もあり、配信で映画を見る人がますます増えている。

 だからこそ、あえてそうした流れにあらがうかのように、こうして長時間映画が相次いで公開される現状は、今後の映画上映にどのような影響を与えるのか、という興味が湧く。

(映画ライター 田中 雄二)

 

(KyodoWeekly11月23日号から転載)

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