「自著を語る」時代を逆手に、攻めに転じる

 京都市に本社がある、精密機器大手・島津製作所。約20年前、同社社員がノーベル化学賞を受賞するなどで知られる。実は創業時は仏具を扱っていた。僧侶で宗教関連の著作が多い鵜飼秀徳さんが、歴史に翻弄(ほんろう)されながらも、しなやかに生き延びてきた京都の老舗企業のあゆみを調べ、このほど一冊の本にまとめた。(編集部)

税別1400円

 新型コロナウイルス感染症に伴う新規ビジネスで、キラリと光る企業が生まれている。それが京都の島津製作所だ。

 島津製作所は今年4月、いちはやくPCR検査試薬を開発したことで話題になった。また、京都産業大と協定を結び、PCR検査センターをこの秋、キャンパス内に設置。この企業は時代を逆手にとって、攻めに転じるのが得意なのだ。

 私は2年の歳月をかけて同社の黎明(れいめい)期を取材した。このたび、近著「仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝」(朝日新聞出版)にまとめあげた。

 島津製作所といえば、2002年に社員の田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞して注目された企業だ。だが、店頭で買えるようなものを作っているわけではなく、どういう会社なのか、地元京都人もよくわかっていない。

 そこで調査を進めると、社員でも知らない意外な事実が浮かび上がってきた。

 島津製作所の創業者は「日本のエジソン」と呼ばれた発明王で、衰退した明治期京都の再生を担うという重責を担っていたのだ。

 島津製作所は幕末の大混乱の中、産声を上げる。創業者は島津源蔵と梅治郎父子。元は西本願寺出入りの、主に鋳物を扱う仏具商だった。

 しかし、明治維新時、仏具業界は最悪の経営環境にあった。折しも「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」が始まり、仏像・仏具が破壊されたり、撤去させられたりしていたからだ。

 京都中の寺院から集められた金属製の仏具は溶かされて、インフラ―たとえば京都初の鉄橋である四条大橋など―に姿を変えた。背景には、京都が首都の座を東京に譲り、街の再生と近代化を急いだことがある。

 だが、源蔵は今こそ、産業構造の転換期にあると嗅覚鋭く察知した。科学技術の研究開発施設「舎密局」に出入りを始めると、持ち前の探究心を発揮し、理化学の知識と技術を瞬く間に習得していったのである。

島津によって実現した気球浮揚

数多い「日本初」

 

 仏具で培われた技術はけっして無駄ではなかった。当時、教育用に輸入された教育用機器の修理や整備などに大いに生かされた。次第に、国策の中枢を担う理化学機器メーカーとして成長していった。

 当時、源蔵は数々の発明をしている。たとえば「気球」。実は民間初の有人飛行を成し遂げたのが島津源蔵なのだ。1877(明治10)年、京都御所で計画された。気球は36メートルの高さまで上がり、1時間ほど浮揚。

 ちなみにライト兄弟の飛行機が世界で初めて飛んだのが1903年のことだ。気球浮揚成功によって、京都こそが科学立国としてのけん引役になることを内外に広くアピールすることとなった。

 長男の二代源蔵(梅治郎)へと代替わりをしたころには、仏具業からは完全撤退。二代源蔵が心血を注いだのは蓄電池(バッテリー)の研究開発だった。現在ではスマートフォンやパソコン、電気自動車など生活に欠かせないアイテムだ。蓄電池を明治期にいち早く事業化し、世界各国で特許を取得した。

 二代源蔵は明治期、電気自動車をアメリカからいち早く輸入。自社のバッテリーに積み替えて京都市内を縦横無尽に走らせていたというから驚きである。

 島津の蓄電池事業を支えたのは軍需であった。日露戦争が勃発し、島津の高い技術に軍部が注目した。

 そして、連合艦隊の軍艦で使用する無線用電源として白羽の矢が立った。ロシアの無敵艦隊バルチック艦隊の動きをいち早く察知し、撃破できたのは島津の蓄電池を積んだ無線技術があったからだといわれている。仮に島津製作所が蓄電池を提供できずにロシアに敗れていたら…、日本の近現代史は変わっていたかもしれない。

 この蓄電池は島津源蔵の頭文字をとって「GS蓄電池」と命名。後にバッテリー事業は独立。それは現在、自動車用バッテリーで世界第2位のシェアを誇るGSユアサにつながっている。

 ほかにも島津が手がけた「日本初」は数多い。医療診断に欠かせないレントゲン診断装置や電子顕微鏡、日本を和服文化から洋服文化へと転換させたマネキンなど…挙げればきりがない。

 本書の最後には島津源蔵と田中耕一とをだぶらせた。両者には多くの共通項がある。生粋の科学者・研究者であることはもちろん、その生い立ち、非エリート同士であることや、努力の末の偶然が生んだ発明品まで。

 仏具から生まれ、ノーベル賞にたどり着いた、知られざる京都の老舗企業のすごみをかみしめてほしい。(敬称略)

【筆者略歴】フリージャーナリスト

鵜飼 秀徳 (うかい・ひでのり)

1974年生まれ。成城大卒。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。実家は京都の浄土宗正覚寺。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける

 

(KyodoWeekly11月16日号から転載)

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