「口福の源~食料」バイヤーは資格ではない

都内でのシャトー・ラトゥールのワインセミナーの様子。左が筆者、中央がフレデリック・アンジェラ氏、右が廣瀬会長=2015年12月

 私が買い付けを担当する産地の一つはフランスのボルドーだ。2年弱ワイン留学をした場所で、今ある自分のベースが詰まっている。

 ボルドーは世界を代表するワイン産地である。大学の新卒で入社したエノテカを一度退職してからの留学だった。「本場」での経験や学びがどうしてもワインの仕事を続ける上で必要だと思っての決断だったが、ボルドーのシャトー・ラトゥールで働くことができたのは、エノテカの廣瀬恭久会長とシャトーの社長、フレデリック・アンジェラ氏の強い信頼関係があったからだった。

 シャトーの敷地内の寮での生活は、まさに大自然だった。ブドウ畑が広がり、目の前にジロンド河。盆栽のように丁寧に仕立てられたブドウ樹は美しく、朝晩の寒暖差を身体で感じた。

 ボルドーは、商業的なイメージもあり、生産量のスケールも大きいため、そこに「人」という存在が見えにくい。

 しかし、私は滞在しながら世界のボルドーが築かれた歴史、今を支えて次世代へつなげようとする「人」の魅力と強さに触れた。

 敏腕社長であるアンジェラ氏は一級シャトーが背負う重圧がありながらも、果敢に挑んでいく姿をスタッフに見せていた。異端児と今も呼ばれているが、当時アジア人の私を雇うことも異端の一つだった。「ここではパリから来た自分だってよそ者だ、アツコ、自分を持て」。スタッフと交流するために必死でフランス語を学びつつ、日々シャトーを訪問される方を案内する仕事に就いた。

 「日本のワイン愛好家はとても勉強熱心で繊細な味覚のセンスを持ち備えている。ここにはさまざまな国の人たちが訪れる。それぞれにきちんと伝えてほしい」それが私のミッションだった。刺激的な10カ月間を終え、さらにワインを知りたくなった私は、翌年ボルドー大学の醸造コースに参加して帰国した。

 再就職したエノテカでバイヤーの仕事はすぐに始まり、今に至る。バイヤーは資格ではない。だからこそ、自身の物差しが必要だが、私の物差しの一つはアンジェラ氏に会うことだ。「仕事での成果、能力、努力、すべて重要。でも大事なのは、自分のミッションだと思って情熱をかけることができるか?」そう教えてくれた元ボスに、今の自分は堂々と会えるのか? ワインを一緒に楽しく飲めるのか? 彼は私がバイヤーの道、働く母の道を選んだとき、いつも直接背中を押してくれた。

 ボルドーは世界から注目される。ワイン商としても、人としても、その真の強さや現実とこれからも向き合いたい。留学したその地は、今もまだ私の学びの場所だ。

(エノテカ バイヤー 石田 敦子)

※エノテカは廣瀬氏が1988年に創業、ワインの輸入販売を幅広く手掛けている。

 

(KyodoWeekly10月26日号から転載)

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