鬼とはなんだったのか 「鬼滅の刃」の連載終了に寄せて

 5月18日、少年誌掲載の「鬼滅の刃」(既刊22巻、吾峠呼世晴/集英社)が全205話の連載を終えた。大正時代を舞台に、鬼と呼ばれる捕食者と、主人公をはじめとする「鬼殺隊」隊士たちの戦いを描いた本作の終了を、驚きをもって見守った読者は少なくなかっただろう。

 

 「鬼滅の刃」が最終盤に差し掛かったことは広く認識されていた。ただ、人気がある間は終わらせてもらえないはず、というのも共通認識だった。 

 だが本作は、人気絶頂のタイミングで潔く終了した。その美学が称賛される半面、当然ながらロスという名の恨み節も聞こえた。

 連載終了とほぼ同時期、作者の性別が主にネット上で取り沙汰され、やむを得ない事情があったのだとの臆測が広まる一方、もう少し引き延ばすのも読者サービスではなかったか、などと惜しむ声がそこかしこで漏れた。

 読者の精神的空白を埋めるべく、作品キャラの関連グッズは百花繚乱(りょうらん)だ。精巧なフィギュアはもちろん、マスコットやぬいぐるみ、アクリルスタンド、キャラたちが作中で着ていた「療養中パジャマ」といった実用品まである。

 アニメ放映がきっかけで読者が急拡大し、一時は最新刊入手が難しかった本作。評判を聞き読み始めた読者の中には、「ほかの漫画と何が違うのか?」との疑問を抱く人もいたと聞く。

 

少年漫画の王道

 

 結論からいえば、そう違わない。主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は冒頭、鬼に何もかも奪われた無力な存在として登場する。

 この立場の主人公には不可欠な、謎の多い人物からの無造作な助力に押され、先の見えない困難な道に踏み出す。その克服と救済と復讐の過程は、まさに少年漫画の王道といっていい。しいていえば、主人公の堅物設定が窮屈さを生まないよう、真面目さをボケとして表現するなどの工夫が随所にみられる。

 また、昨今のヒーローが超然としがちなのに比べ、炭治郎はたやすく追い詰められ苦しそうな表情を惜しげもなくさらす。だがそれら特徴は原点回帰でこそあれ、他作品と比べて際立つ個性とはいえない。

 作者の作画技術は高い。登場人物が若々しく描かれる、日本漫画の伝統を守った絵柄ゆえ伝わりにくいが、21巻収録の上下方向に長く伸びる建物内の戦闘場面においては、空間把握と描出の技術がいかんなく発揮されていた。とはいえ、本作が掲載された少年誌の画力水準はおしなべて高く、「うまい」だけで目立つわけでもない。

 では作者の性別が作品に影響を与えているかといえば、真偽のほどはどうあれこれも疑問だ。

 過去に「鋼の錬金術師」作者の荒川弘が女性と判明した際は、「おいしいキャラを序盤惜しげもなく死亡退場に追い込む冷厳さは女性ならでは」などと言われたが、本作の場合書き手が自身を極力無性化し、無心で鑿(のみ)を振るい少年の成長物語を刻んだ印象を受ける。

 これまであまたの描き手が取り組み、セオリーをなぞりつつも個性を盛り込むべく、苦しみながら紡いできた少年漫画の歴史の中、舞台設定と主役選択、脇役配置、キャラの見た目、せりふの妙味が、奇跡的なハーモニーを生んだとしかいえない。

 一つあげるなら、脇役、中でも「柱」と呼ばれる最上階級の剣士たちの存在が、読者の感情的高揚に火をつけたのではないか。

 そもそも少年漫画の主人公はある種の天才性を負う定めを持つ。炭治郎は努力型だが、「目を見張る成長を義務付けられる」点ではやはり一種類型を帯びたキャラである。

 柔軟に動いて物語をつくる自由さは、むしろ脇役のものだ。「柱」たちは、ロックバンドのボーカルのみが集結したような華やかな見た目、桁外れで多彩な剣技の数々、主人公やその同期を導く立場上必然的に課される危険な境遇により、読者の心情を存分に揺さぶったのではなかろうか。

 彼らが落命するエピソードでは、経験値の高いベテランより若年者が生き残るジュブナイル(少年少女向け)の常道に、口をはさみたくなった読者もいただろう。「柱」たちに降りかかる悲運は、炭治郎にも読者にも大きな情動のスイッチになる。

 

鬼とは何か

 

 さて本作の要、「鬼」とはなんなのか。

 人を食らうがもとは人間で、上位存在から血を与えられ鬼化するとの設定だ。人であることを捨てた要因は多くの場合、理不尽な運命にさらされたからで、彼らが鬼殺隊すなわち「鬼狩り」に狩られる間際の回想とモノローグが、物語に立体感をもたらしているのは間違いない。

 中でも11巻96話、人間時代に妹を殺害された男の回想は出色だ。「どうしてだ? 禍福は糾(あざな)える縄の如しだろ。いいことも悪いこともかわるがわる来いよ」との吐露には、直前まで制圧を強く望んでいたはずなのに、「かわるがわるは来ないんだよ」と共感の言葉をつぶやきたくなる。

 思いがけない感情逆転の仕掛けが、物語の基盤を壊さない程度に奏功しているあたり、作り込みの入念さを感じずにはいられない。12月の最終23巻発売後に真の「ロス」がやってくる。今はその先を考えず、劇場公開映画「無限列車編」を楽しみつつ、熱狂のただ中に身を置いた余韻を味わっていたい。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly10月19日号から転載)

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