「口福の源~食料」ウナギか、それともハモか

ウナギのかば焼き

ハモの唐揚げ乗せそうめん

 今年の夏も暑かったですね。暑さに負けないようにスタミナをつけなければと土用の丑(うし)の日に鰻(うなぎ)のかば焼きを食べた方も多いのではないでしょうか。

 土用とはもともと立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ18~19日前の期間を指す言葉で、季節の変わり目を変わりなく過ごすための行事がおこなわれていたようです。現在では夏の土用だけが残り、季節の変わり目を乗り切るために滋養の高い鰻を食べる日として定着しているのです。

 ただ、関西の方は「いやいや夏は鱧(はも)だ」とおっしゃるかもしれません。確かに京都の祇園祭は鱧祭りとも呼ぶ、などという話があるくらい季節の食材として食べられています。

 寛政7(1795)年には「海鰻(はむ)百珍」なる料理本まで出版されているのです。「兵庫より出るものを、上品とす。」と記述されていますので、当時から瀬戸内海での水揚げが盛んだったようです。

 京都は盆地ですので夏場は魚の鮮度を保って調達するのが難しい中、鱧は生命力が強く、生きたまま届くということで京都の夏の魚の代名詞になったという説もあります。

 問題は小骨の多さなのですが、骨切りという技術が生み出されたことで食べやすく、見た目も華やかになりました。他の地域ではすり身にしてかまぼこなどの練り製品にすることが多いようです。

 鱧は関東では一部の料亭などを除いて口にする機会はほとんどありませんが、「海鰻百珍」には江戸室町の版元も名を連ねていますので、知られてはいたようです。

 しょうゆとみりんのたっぷりしたたれで香ばしく蒸し焼きにする鰻のかば焼きと、骨切りをして湯引きしたり、揚げたりして梅肉などを添えてさっぱりと食べる鱧。江戸時代当時の東西の味の嗜好(しこう)がよく表れています。

 先ほど「海鰻百珍」をご紹介しましたが、このタイトル通り鰻と鱧は生物学的には近いということはご存じでしたか。

 鰻は、ウナギ目―ウナギ亜目―ウナギ科に属し、鱧は、ウナギ目―ウナギ亜目―ハモ科に属しています。ヒトでいうといとこのような関係でしょうか。

 江戸時代に海鰻(かいまん)と呼んだのは的を射ていたのです。ではなぜ、海鰻と書いて「はむ」、転じて「はも」と呼ぶようになったのでしょうか。一説によると鱧はどう猛で、その鋭い歯でかみつくから「食む」ということになったとか。

 近年、鰻は漁獲量激減がいわれる一方、鱧は出荷量が増えてきているようです。東の鰻と西の鱧、それぞれの地域の味としてこれからも楽しめると良いですね。

 ちなみに、鰻と鱧は土用の丑や祇園祭に食べるということで夏が旬のように思われていますが、どちらも冬場も脂がのっておいしいそうですよ。立春の前、寒の土用に味わってみてはいかがでしょうか。

(キッコーマン 国際食文化研究センター 山下 弘太郎)

 

(KyodoWeekly9月14日号から転載)

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