このコラムをお読みの皆さまは「からあげ」はお好きですか?
ビールによし、ごはんのおかずによしの「からあげ」ですが、弊社が発行する毎日新聞の表記の規則を定めた「毎日新聞用語集」が2019年5月に改訂され、そのなかで一大変更(?)があったのがこの「からあげ」です。
からあげを辞書で引くと「小魚・鶏肉などを、衣をつけずに、あるいは小麦粉・片栗粉などを軽くまぶして油で揚げること。また、その揚げたもの」(広辞苑第7版)とありますが、注目すべき点はからあげの「から」の字です。多くの辞書で「空」と「唐」が並んで載っています。毎日新聞ではこれまで一貫して「空揚げ」を使っていましたが、識者の意見や社内外での議論も踏まえ、「(空揚げ)→から揚げ、唐揚げ」と表記を改める運びとなりました。この流れは毎日新聞に限った話ではないようで、近年に用語集の改訂があった他の新聞・通信社にも同じような傾向がみられます。
先日、改訂から1年がたった用語集の「からあげ」の項目を何気なく眺めていると、改訂前の「空揚げ」を紙面上でしか見たことがないのに気づきました。
そういえば、お店で使われているのはほぼ「唐」揚げと「から」揚げ…。そもそもお店に「空」揚げはあるのだろうか? 日本唐揚協会の専務理事を務める八木宏一郎さんに、店名に「空」揚げを用いたお店があるか尋ねたところ「私の知る限り、99・5%『ない』」とのこと。
ない、と言われると探してみたくなるのが私の性分。なんとかして紙面の外で「空揚げ」の文字を見てみたい―。「空」の字を求めてたどり着いたのは、兵庫県尼崎市にある中華料理店「大連」。気になるメニューには待ち望んだ「空揚」の文字が! 空揚は1970年に開店した同店の人気メニューの一つで、これを目当てに訪れた人々の口コミサイトやブログでも「『唐揚げ』ではなく『空揚』」と、その表記について言及する投稿も少なくありません。
お店を切り盛りする酒井亜由美さんに話を聞くと、理由は分からないものの昔からこの表記で、その違いについては認識していたそうです。
酒井さんいわくシンプルさが売りで、食べてみるとスパイスを使わない衣のサクッとした食感と、味わい深い肉汁のうまみが非常に印象的な、名実ともに他とは一味違う「空揚」であると実感しました。
「唐揚げ」と「から揚げ」が席巻する中で、たとえ紙面から「空揚げ」の表記が消えようとも、長きにわたって支持を集める「空揚」がここにはありました。
校閲記者もことばが使われる現場を見て、感じることが大切ですね。
(毎日新聞社 校閲センター 高島 哲之)
(KyodoWeekly8月3日号から転載)