漆で未来は変えられる 古くて新しい可能性にかける

 漆器など日常生活で漆に触れることは多い。しかし、国産の天然漆は減少傾向が続き、、国内で使われる漆の97%が中国産だという。そのような状況に危機感を持った柴田幸治氏は2019年、NPO法人「ウルシネクスト」を設立。漆の現状とその可能性をまとめてもらった。(編集部)

 

 日本人は縄文時代から漆を使ってきました。縄文時代の遺跡からは漆塗りの器や耳飾りや首飾りといった装飾品など数多くの漆工品が出土します。以降、法隆寺玉虫厨子、興福寺阿修羅像、厳島神社、平等院鳳凰堂、東大寺、中尊寺金色堂、金閣寺、日光東照宮といった数多くの仏像、工芸品、寺社建築などに使われ、日本の歴史、文化、芸術を形作ってきました。

 近世以降は、深い黒色や蒔絵(まきえ)など繊細な装飾の漆器がヨーロッパ人を魅了し、陶器がChinaと呼ばれるように漆器はJapanと呼ばれて輸出品としても活躍してきました。漆なくしては日本を語れないほど、漆は日本人に深く関わってきました。

 しかし、そんな日本を象徴する存在であった漆も、石油化学の発展などから天然漆の需要は大幅に減少、さらに国産漆から安価な中国産漆への移行が進み、今や国内で使用される漆は97%が中国産です。伝統工芸品の漆器ですら材料を国外に頼る脆弱(ぜいじゃく)な構造の上に成り立っています。

 3%の国産漆は、ほぼ国宝や重要文化財の修復に使われていますが、文化庁が試算している年間2・2トンに対して1・2トン~1・4トンと大幅な不足が続いており、日本の文化財を守るという意味でも大きな影響が出ています。

 漆は漆掻(か)き職人が10~15年ほど育てたウルシノキに傷を何本もつけ、そこからにじみ出す樹液を1滴1滴集めて採取します。数カ月かけて1本のウルシノキから採取できる漆はわずか200グラムです。樹液を採ったウルシノキは通常1回限りで伐採されます。切り株からひこばえという若芽が出て、それが成長すればまた漆が採取できますが、新たに植林もしなければウルシノキは減っていきます。

 加えて漆掻きの作業は夏場に根気のいるきつい仕事です。漆掻き職人さんも減り、現在は全国で40人程となり高齢化も進んでいます。さらに漆掻きに使う特殊な道具を作る鍛冶職人はわずかに1人です。

 私たちNPO法人ウルシネクストでは全国各地に漆の森を作る活動を行っています。新たに漆を植えて漆不足の解決に貢献したいという団体や個人をサポートしており、岩手県、宮城県、福島県などにおける漆の植林を支援しています。

 昨年は奈良県でも植林が行われました。奈良県曽爾村(そにむら)は日本の漆文化発祥の地といわれ「漆部郷(ぬるべのさと)」との呼び名がある所ですが、いつの頃からか漆は姿を消していました。再び漆を復活させてその漆で奈良県にある国宝や重要文化財を守ろうという取り組みがスタートしています。

 

再生可能な地上資源

 

 一方でもう一つ私たちが取り組んでいるのが漆の新たな可能性の探求です。

 ウルシノキは東・東南アジアのごく限られた地域でのみ生息する樹木です。樹液は塗料や接着剤などとして使われてきました。漆でかぶれる方もいますが、いったん乾燥すればアレルギーを引き起こすこともなく、ガラスと同程度まで固くなり、酸、アルカリ、熱にも溶け出すこともなく抗菌作用もあります。

 また採取、精製、塗り、乾燥という漆の利用工程においても大量の水や電気を使うこともなく有害物質も出しません。漆は安全・安心・エコでCO2削減にも貢献する極めて優れた素材なのです。

 私たちはこの優れた漆を環境問題や、国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)の達成に生かせないかと考えました。

 そこで注目したのが奈良時代に興福寺阿修羅像や東大寺法華堂不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)立像など数多くの仏像制作に使われ、その後廃れてしまった漆の技法「乾漆」です。麻や綿などの繊維に漆を塗りそれを何重にも重ねる技法です。自由に造形できて強固である一方、とても軽いのが特徴です。

 この技法を使いプラスチックの代替品を作れば海洋プラスチック汚染などの解決につながるのではないかと考え、乾漆を研究されている宮城大学の土岐謙次教授と共に、漆と木綿だけでできた乾漆プラスチックフリーカードを作りました。漆特有の質感と抗菌作用がありながら、プラスチックと同等かそれ以上の強度と耐久性があります。

 ICチップの埋め込みや印刷も可能です。そして海に流れ込んだとしても生分解されますので、プラスチックのように残り続けて環境汚染を引き起こすことがありません。

 漆は塗料や接着剤として長い歴史がありますが、こうした従来の用途以外の応用についてはほとんど研究されていません。持続可能性が問われている現在、天然素材の漆の価値を再評価してみるべきだと思います。 私たちはこの乾漆のカードを一つのきっかけとして、漆を漆器の製造や文化財修復といったこれまでの用途にとどめることなく、SDGsなど世界が抱えている課題の解決につながる新しい素材としての研究、開発を進めたいと考え、産学官多様なセクターの方々に参入を働きかけていこうと思っています。

 漆に新しい価値が見いだされれば、地下資源に乏しいわが国に、枯渇しない再生可能な地上資源が生まれます。多くの方と共に、持続可能な社会に向けて漆=Japanが活躍する夢を追ってみたいと願っています。

【筆者略歴】

柴田 幸治(しばた・こうじ)

1963年秋田県生まれ。リコー勤務を経て、2000年、経営コンサルタントとして独立。株式会社きれい代表取締役、NPO法人ウルシネクスト理事長。

 

(KyodoWeekly4月6日号から転載)

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