「陸海空の現場~農林水産」訃報にみる報道落差

 農業経済学者の今村奈良臣(いまむら・ならおみ)東大名誉教授が2月28日に亡くなった。85歳。「6次産業化の提唱者」として知られるが、それは業績のほんの一角にすぎず、人間性やメッセージの発信力にも大きな魅力があった。

 筆者は2007年秋に、宮城県丸森町、山形県高畠町など2泊3日の取材に同行し、とても気さくな人柄に直接触れることができた。国際農業ジャーナリスト連盟(IFAJ)の世界大会が東京、東北で開催された時だ。今村さんは大会実行委員会の委員長を引き受け、共同取材にも参加してくれた。移動中のバスの中で「農村を回るときは干してある洗濯物をみると良い。生活の実態を直感できるから」とアドバイスしてくれた。「あまりじっとみていると変な人だと思われるから気をつけてね」と笑って付け加えた。

 30年ぐらい前から「農家が名刺を持たないのは他の産業と決定的に異なる特徴だが、名刺は情報発信の基本であり原点だ。手作りでよいから農家のみなさんも名刺を持とう」と呼び掛けていた。今では多くの農家が名刺を持っているだろう。

 農業協同組合の幹部を対象にした集会などでは、会場を埋め尽くす中年男性を前に「これからは父ちゃんじゃなくて母ちゃんだ」と女性の登用を促していた。1999年7月に「農業基本法」に代わる新基本法が制定され、「食料・農業・農村基本政策審議会」の初代会長にも就任している。

 筆者としては、今村さんの訃報は当然、翌朝の新聞各紙に掲載されると思ったが、実際に掲載した日刊紙は日本農業新聞と朝日新聞だけだった。数日遅れて毎日新聞や日本経済新聞、一部の県紙なども短い記事を掲載したが、日本農業新聞など農業分野の専門メディアが大きく報道したのとは対照的だった。

 少し乱暴な例えだが、特定の宗教団体の教祖が死去したときの、機関誌と一般紙の扱いに近い大きな落差を感じる。一般メディアの最前線の記者や編集者にとって、もはや今村さんは縁遠い存在なのかもしれない。

 若い人に「1次産業、2次産業、3次産業を、足し算しても掛け算しても6になる」と説明すると、「やばー」と新鮮な驚きを隠さない。ましてや今村さんが「0×2×3=0、農業が崩壊すればすべて0になる」「3×2×1=6という図式が横行しはじめている」と、農業を踏み台扱いにする最近の傾向を批判していたことなど知る由もないだろう。今回の訃報を巡るメディア間の報道の落差に、農業分野そのものが世間から切り離され、孤立し始めているのではないかと懸念する。

(共同通信アグリラボ所長 石井 勇人)

 

(KyodoWeekly3月23日号から転載)

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