「音楽の森」凄絶極まりない演奏

 2018年6月に87歳で亡くなったロシアの名指揮者ゲンナジー・ロジェストベンスキーが最晩年に読売日本交響楽団を指揮したライブ録音が、3枚同時にリリースされた。今回ご紹介するのはそのうちの1枚、16年9月26日に録音されたショスタコービッチの交響曲第10番である。

 1931年生まれのロジェストベンスキーは、ソビエト連邦の時代から活躍し、ボリショイ劇場、モスクワ放送交響楽団、ソビエト国立文化省交響楽団や、BBC交響楽団、ウィーン交響楽団などのポストを歴任。録音や各楽団の来日公演、長く共演を重ね、90年から名誉指揮者を冠された読売日響の公演などを通して、日本のファンからも高い支持を集めていた。

 また、旧ソ連を代表する作曲家ショスタコービッチの交響曲第10番は、一般的な4楽章構成の純粋器楽交響曲だが、作曲年に亡くなった独裁者スターリンの音楽的肖像、あるいは独裁体制から解放された作曲者自身の表現など、さまざまな深読みがなされている。

 だが本作は、そのようなレベルを超越した、凄絶(せいぜつ)極まりない演奏だ。とにかくテンポが遅く、1音1フレーズがなぞるように奏される。第1楽章の前半は異様な静寂感と寂寥(せきりょう)感が支配。クラリネットのソロは押し殺したような悲しみをたたえ、高揚する場面は迫り来る恐怖のようだ。そして戦慄(せんりつ)的なすごみを維持しながら、身の毛もよだつクライマックスに到達し、弱まった後も緊迫感が保たれる。

 スケルツォ風の第2楽章も第1楽章の恐怖が持続しており、細かな動きと多様な絡みが意味深い。第3楽章もじっくりと進行。教え子の女性エルミーラを表わすともいわれるホルンの信号は、救いを求める訴えのように響き、後半のワルツのリズムもえらく重い。

 第4楽章序奏部の木管楽器の各ソロ(これらをはじめ読売日響のクオリティーの高さも特筆される)は、お上に聞かれてはならないつぶやきに思えるし、快速で軽妙な主部に入っても情景は暗いまま。最終場面で人々は力を振り絞って行進し、DSCH音型(作曲者の名を音で表したもの)も大声で叫ぶが、明るい結末はやって来ない。

 派手に終わるのに、すぐには拍手が起きない。筆者も会場にいたが、聴衆は凍り付いたように固まって拍手できずにいたのだ。それほどまでに凄絶なこの演奏は、往時のソ連を体感したロジェストベンスキーが伝える「この曲はソ連時代の“恐怖”の音楽である」とのメッセージに思えてならない。

 音楽と世相を結び付けるのは好まないが、それでもなお、深く重い本作を聴くと、利己主義的なリーダーが幅を利かす現在の世界情勢への懸念が脳裏をよぎる。

(音楽評論家 柴田 克彦)

 

(KyodoWeekly1月27日号から転載)

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