「漫画の森」「さすけね」

 作中に流れる時間と実際に経験した時間をつい重ねたくなる作品がある。「その女、ジルバ」(全5巻、有間しのぶ/小学館)は2011年から7年間青年誌に連載された。映画好きならすぐアンソニー・クイン主演「その男ゾルバ」を連想するだろう。作者が映画を意識したことはほぼまちがいないが、映画と異なり本作の「ジルバ」は作品開始時すでに故人。ではジルバとは何者なのか。

 主人公の40歳独身女性、笛吹新(うすい・あらた)の無気力な表情で話は幕を開ける。流通業界で接客をしていたが30代なかばで倉庫に異動となり、給料はカット、結婚話も消滅。そんなとき「ホステス求ム、40才以上」の張り紙を目にし、経済的なゆとりがあれば希望も湧くはずと飛び込みで面接を受ける。だが彼女を見たマスターの第一声は「お嬢ちゃん、うちはロリコンクラブじゃねえんだ」。続々出勤してくるホステスたちも「うちはクラシック路線なのよ」「お店が浮ついちゃうわ、50以下なんて」とかまびすしい。そこは従業員の平均年齢70歳代の高齢バー、「OLD JACK&ROSE」だった。新は常連客に「ギャル」「キャピキャピ小娘」と呼ばれながら、見習いホステスとして一歩を踏み出す。

 店に張られた壁写真から皆を見守るのが、初代ママのれっきとした日本人女性「ジルバ」。ブラジル移民準2世のジルバは、第2次世界大戦に伴う国策で棄民状態となりながら命がけで帰国した。持てるすべてを失ったあとダンサーとして生活を立て、最低限の安全と自由を求め自ら店を構える。物語の視点は、忘れかけていた働く喜びを高齢バーで取り戻す新の姿を追いつつ、初代ママ、ジルバや同時代を生きたホステスたちの過去を自在にめぐる。この自然な群像劇の展開は漫画ならではの手法だろう。

 本作の魅力の大半が、ほれぼれするほど働き者の新、闊達(かったつ)な高齢ホステス、常連客たちのあふれる心意気によっていることは明らかだ。だからこそ、豊かなホスピタリティーの間にさらりと描かれた過去話の痛切さが際立つ。「親が町から町へ逃げながら兄弟姉妹を置き去りにしていった」過去をもつホステスもいれば、娘時代に女中兼愛人として山師に買われ、同情した家人の機転で最悪の運命だけは免れたホステスもいる。だが2代目にして現ママの「くじら」はそれほど運がよくなかった。混乱の時代、後ろ盾のない若い女性が、美貌の持ち主であればなおさら、どんな種類の搾取にさらされるか、その描写が刺さる。ジルバに至っては、日本の敗戦を信じず、有り金を持ち逃げして戦勝詐欺師につぎ込んだ義兄を、ついぞ許すことはなかった。

 特筆すべきは、彼女らの人生と、東日本大震災を経た福島県出身の新の人生が対等に描かれている点だ。故郷の家族を案じつつも「さすけね」(会津弁で大丈夫)の意味をかみ締める新のやるせなさは、先輩女性たちに比べてまったく遜色がない。被災した新の実弟が彼女に告げた言葉、「おれ達、よその土地の楽しみ奪うような悲愴(ひそう)さはいらねんだ」が胸に響く。昭和と平成は区切るべきものではなく、ひとつながりなのだと実感する。

 終盤でひたひたと打ち寄せる世代交代の波も、配慮と安堵(あんど)をもって描かれているのがうれしい。メルヘンのようでいて徹底して現実的、その現実を乗り切る具体策を提示している点で、灯台の明かりのように希望に満ちた作品だ。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly12月30日/1月6日号から転載)

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