「音楽の森」クリスマスといえば…

 稀代のポップ・マエストロ、山下達郎。ポップ・ミュージックへの底知れぬ愛情と見識によって生み出されたその楽曲群は、幾十年を経てなお一切の古さを感じさせない。天上まで伸び上がっていくような歌唱力と、細部まで練り込まれたアレンジワーク。還暦を過ぎた今もコンサート・ツアーで披露される、高い演奏力に裏打ちされた圧倒的なグルーヴ(「ノリ」)。この「音楽の森」をお読みになっている皆さまのうちにも、達郎を「師」と仰ぐ歴戦の音楽ファンがいらっしゃるのではないだろうか。

 とりわけ近年では、1980年代〝シティ・ポップ〟のリバイバルヒットとともに、その洗練された音楽性と洒脱(しゃだつ)なアートワーク、そして何より「踊れる」という点が注目され、国内外の若いDJや音楽ファンたちからも熱い注目を集めるようになっている。全米屈指のラッパーであるタイラー・ザ・クリエイターが、2019年にリリースした最新作で山下達郎の「FRAGILE(フラジール)」をカバーしたのも記憶に新しい。

 不朽の名作「クリスマス・イブ」が発表されたのは、そんなシティ・ポップのブームが隆盛していた1983年のこと。当時はまだ「夏男」のイメージが強かったこともあり、リアルタイムの反応はさほど大きくなかった。

 だが、のちに達郎自身が「作詞、作曲、編曲、演奏、歌唱、録音のすべてが調和した、自分でも一番良くできた曲のひとつ」と回想している通り、「クリスマス・イブ」は彼の最良のエッセンスが凝縮された1曲となった。シンセサイザーで爪弾かれる冒頭のメロディーを耳にするだけで、私たちは静謐(せいひつ)なクリスマスの夜へと誘われる。そして「雨は夜更け過ぎに」に始まる、あまりに有名な一節。中間部において、一人多重録音によって歌われるパッヘルベル「カノン」の荘厳さ。聴き返すたび、何一つ削りようのない完成度にため息をつく。

 「クリスマス・イブ」は1988年以降、JR東海のCMに用いられたことで再注目され、2年連続でチャート1位を獲得するなど大ヒットを記録。若いカップルたちの小さな「奇跡」を描いたこの美しいCMは、今も多くの方の記憶に残っているだろう。すこしすねたような深津絵里のうれし涙や弾けるような牧瀬里穂の笑顔は、時を超えてわれわれの胸を打つ。

 しかし「クリスマス・イブ」が真に不朽である理由の一つは、なによりもこの曲が「かなえられそうにない」想いへと捧げられているからではないだろうか。

 イルミネーションの光の中で最愛の人と過ごす幸運に恵まれるのは、いつだってきっと少数派だ。やりきれない想いを抱えながら、ひとり夜を過ごす人もいるだろう。あるいは恋人たちの幸せな時間を、裏で支え続けている方々もいるだろう。

 達郎の歌は、そんな市井の人々への敬意にあふれている。煌々と輝く街の灯(ひ)の、その影で立ちつくす人々のために捧げられた歌。それは、なによりも「クリスマス」本来の精神を体現しているように思われる。

(大阪大学文学研究科・音楽学研究室在籍 加藤 賢)

 

(KyodoWeekly12月23日号から転載)

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