2019年映画ベスト5

 今年のベスト5を選ぶ際に、候補作が意外と分類しやすいことに気付いた。

 例えば、「グリーンブック」と「ブラック・クランズマン」は人種問題、「運び屋」「さらば愛しきアウトロー」「ラスト・ムービースター」は往年のスターの主演映画、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と「イエスタデイ」はパラレルワールド話といった具合に。その中で、「ジョーカー」だけが分類不能だった。結果的に、ほとんどがアメリカ映画となったが、これは、例年同様、あくまでも筆者の好みが反映された結果なのでご容赦願いたい。

 

1位「運び屋」 

 89歳のクリント・イーストウッド、10年ぶりの監督・主演作。90歳のアール・ストーン(イーストウッド)の元に「車の運転さえすれば金になる」という話が舞い込むが、それはメキシコの犯罪組織が仕組んだ麻薬の“運び屋”だった。

 本作は、これまでのイーストウッド作品の集大成の感もあるが、同時に、また新たな展開や変化も見せられて驚かされた。主人公のアールは、女好きで、機知に富み、スマートでひょうひょうとしている。加えて、本作でもイーストウッドお得意の“善悪のはざま”が描かれてはいるが、いつもの暗くハードな雰囲気とは全く違う。細かい描写の積み重ねから、まるで落語の世界のようなユーモアや余裕が感じられるのだ。

 こうした語り口は「ジャージー・ボーイズ」(2014年)あたりから目立ち始めた気がする。つまり、彼は老境に入ってからも、作る映画を変化させ続けているのだ。本作を通して、人間は80歳を超えても変化することはできるのだと、改めて教えられた気がする。

 

2位「グリーンブック」

 1962年、黒人ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)は、イタリア系の白人トニー・リップ(ビゴ・モーテンセン)を運転手兼用心棒として雇う。2人は、人種差別が色濃く残る南部へとコンサートツアーに出るが…。

 本作が、これまでの白人と黒人によるバディ(相棒)ムービーと大きく違うのは、互いが相手に対して抱くステレオタイプのイメージを崩しているところ。貧しく粗野なトニーが裕福で教養もあるドクに向かって「俺の方がよっぽどブラック(黒人)だぜ」と言うシーンまである。つまり、こうしたシーンの積み重ねが、自分は黒人でも白人でもないと考えるシャーリーの孤独を浮き彫りにすることにもつながる。なかなかうまい手法だ。

 そんな2人が旅を通して、互いに変化し、人種を超えて理解し、救済し合う様子を見せる部分は予定調和だが、モーテンセンとアリの好演もあって、最後は“クリスマスの奇跡を描いた映画”として、いい気分で見終わることができる。

 

3位「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

 クエンティン・タランティーノ監督が虚実を入り乱れさせながら1960年代後半のハリウッドを描く。物語の骨子は、落ち目のスター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼のスタントマンを務めるクリス・ブース(ブラッド・ピット)との友情や信頼関係(スター同士のディカプリオとピットがそれを演じる面白さ)に、カルト集団のマンソン・ファミリーによるシャロン・テート(マーゴット・ロビー)の惨殺事件の顛末(てんまつ)を絡めたもの。

 映画狂で知られるタランティーノが、自らの少年時代への追憶を込めて描いた本作は、まるでハリウッドというおもちゃ箱をひっくり返したような、にぎやかさがあるが、これはタランティーノ自身の夢や妄想を映像化したものに違いない。

 そして彼が本作を作った最大の目的がラストに示されるのだが、それはここでは書けない。ただ、ハリウッドへの偏愛を感じさせる処理に、不思議な感動が湧くことだけは確かだ。彼の映画の中では一番素直なものだと感じた。

 

4位「イエスタデイ」

 売れないミュージシャンのジャック(ヒメーシュ・パテル)が引退を決意した夜、世界中で謎の停電が発生。その渦中で交通事故に遭ったジャックが目覚めると、何とビートルズが存在しない世の中になっていた。

 世界中でビートルズの曲を知る唯一の人物となったジャックは、彼らの曲を歌うことで注目され、やがてメジャーデビューの話が舞い込む。

 監督ダニー・ボイル、脚本リチャード・カーティスによる何とも愉快なパラレルワールド話。ボイル監督が「これはビートルズへのラブレターだ」と語るように、この世にビートルズがいなかったら…という大胆かつ逆説的な発想を描くことで、ジャックが歌う彼らの曲が新鮮に聴こえ、改めてビートルズの素晴らしさを知らしめる効果がある。

 だからこそ、エンドロールに流れる“本物のビートルズ”の「ヘイ・ジュード」を聴くと、彼らがいてくれて本当によかったと実感できて、思わずホロリとさせられるのだ。

 

5位「ジョーカー」

 心優しい大道芸人のアーサー(ホアキン・フェニックス)が、なぜ邪悪なジョーカーになったのか…。本作はバットマンの宿敵誕生の物語を新たに創作した。

 人を笑わせたいという願望がやがて狂気に変わるアーサーの姿は、悲しみと不気味さを併せ持つピエロの本質を鋭く突く。そして、道化師と笑い、という意味では、チャップリンの「モダン・タイムス」が映り、そのテーマ曲の「スマイル」が流れるのも象徴的だ。

 過去のジョーカー役にはコミカルさと狂気が目立ったが、本作では、そこに悲しみと醜悪さがプラスされ、エキセントリックな役柄を得意とするホアキンの独壇場の感がある。

 ただ、演じたホアキン自身が「アーサーへの同情もあるが、逆に彼にうんざりするところもあった」と語るように、本作のジョーカーには甚だ感情移入がしづらい。全体的に暗く、救い難い設定や、醜悪なアーサーの姿を見ると嫌悪感すら浮かぶのに、かえって、そうした負のパワーに引き付けられ、圧倒されるのは一体なぜなのだろう。

(映画ライター 田中 雄二)

 

(KyodoWeekly12月16日号から転載)

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