「風のたより~地域経済」〝もったいない〟が再び美徳となる未来

 冬支度の季節だ。私の親せきのおばさまは、嫁いで来た頃にプレゼントされたという、黒革の手袋をもう60年以上、手入れしながら毎年使っている。

 以前、三重県鳥羽市の海女(あま)さんにお会いした時、使い終わった水中眼鏡を毎回大事に木箱にしまうと聞いて驚いた。水中眼鏡は数少ない地元の職人が海女さんの顔に合わせて製作したオーダーメード品だった。品物の良さに加え、作り手の顔も苦労も知っているからこそ大切にされていた。

 大正生まれの祖父は「もったいない。モノを粗末にするな。無駄遣いするな」が口癖だった。衣服は自分で繕って何十年と着続けていたし、壊れた道具でも創意工夫で再利用していた。祖父が選んだ冷蔵庫は今年40年目で、故障したことがない。昔の電化製品は壊れにくかったとはいえ、高くても良い物を、と買い求めたに違いない。

 しかし、手袋を60年、冷蔵庫を40年と後生大事に持つ人ばかりでは、消費や経済は活性化されないだろう。「もったいない」精神は、日本が誇る美徳である半面、消費拡大や効率優先の現代社会に逆行している向きもある。

 海外から安い製品が簡単に手に入り、現金収入がずっと容易になった今、使い捨てを前提にした安価な商品も多く出回り、使い捨てたからといって、モノを粗末にしている罪悪感はあまり感じない。

 身の回りの多くのものは、アジアのどこかの工場から日本の店先にやってきて、いらなくなったらゴミ集積場へと消える。モノの一生は見えない部分が多く、作り手は知りえないし、もはや知ろうとすることもない。時短に断捨離など、モノをうまく活用し、モノを持たず、清潔で快適で、手間なくきれいに暮らすことが賢い流儀という潮流もでてきた。

 私は恥ずかしながら手袋も水中眼鏡もいつも新しいモノを使う人だが、小さい頃から“もったいない”が美徳と教えられてきたせいか、モノを大切にできる人への憧れは強い。

 それは、私の周りにロールモデルがたくさんいたからだ。手間暇を惜しまず、手先や身体を動かし、知恵を絞ってモノを粗末にしない努力をする。質素ながら始末よく暮らし、モノを楽しく慈しむ姿勢は、素直にすてきだと思えた。無骨ではやりとはほど遠かったが、皆がそれなりに満足でき、結果としてお金も節約できていた。

 何より社会にとっても、人間としても正しい道だと思えた。〝もったいない〟と幸福で賢明な人生が相通じることが感覚的にわかっていた。

 来年7月からレジ袋の有料化が義務付けられる。人口減時代に突入し、社会も経済も縮小傾向であると考えると、〝もったいない〟が再び生活理念になる未来があるのかもしれない。次の世代に対して、正しい道を指し示すことのできるロールモデルになれるかどうか、私自身が問われている。

(NPO法人大杉谷自然学校 校長 大西 かおり)

 

(KyodoWeekly12月2日号から転載)

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