私怨ではなく愛情を原動力に 一歩一歩進む、武藤さん夫婦

 出産時の医療事故で遷延性(せんえんせい)意識障害となった武藤圭子さん(58)。彼女を支えるパートナー光行さん(66)との〝二人三脚〟の様子を撮り続けてきた、本誌コラム「TOKYO東京トウキョウ」の写真家・鳥飼祥恵さんが、「支えること、支えられること」について考えた。(編集部)

 

 遷延性意識障害とは、事故や病気などで、脳に障害を持ち、自力で食事がとれなかったり、意思疎通ができなかったりする状態が長引く(遷延する)こと。

   ×   ×   × 

 写真家として活動をしていると、「最近はどんな写真を撮っているの?」との質問をよく受ける。そこで私が武藤さんご夫婦の話をすると、質問者は絶句するか、もしくは「…重いね」という反応がほとんどだ。

 しかし、圭子さんは本当にいい旦那さんを見つけたな、とつくづく思う。

 「LOVESTORY」

 私がお二人と初めてお会いしたときに頭に浮かんだのがこの言葉だった。

 光行さんは「けいこちゃ~ん♡」と甘い声で圭子さんに呼びかける。こちらが恥ずかしくなるくらい、まるで付き合いたての恋人同士のようだ。「新婚の時期に圭子がこういう状態になったから、2人の関係は当時のままなんだよ」と光行さんは言う。正直そのときはカメラを意識してそう演じているのではないか、と疑うほどだった。(武藤さんごめんなさい…!)

 しかし、2人を撮り続けた今は断言できる。光行さんは今でも圭子さんにゾッコンなのだ。

 圭子さんは1990年10月5日に出産事故で遷延性意識障害を負った。この障害は「植物状態」といわれることも多い。

 2人を観察していると、どうやら光行さんは圭子さんの尻に敷かれているようだ。光行さんが長期で病院に来られないことを告げると、圭子さんは不機嫌さを目で訴え、光行さんはなんとか機嫌を取り戻そうと自分の薄い頭をネタに冗談を言う。

 すると、圭子さんは眉をひそめて笑いだす。私の目の前にはTVや新聞で受けた遷延性意識障害のイメージとは、別世界があった。自力で話せなくとも、明るくて、ちょっぴり気の強い圭子さんの性格が十分すぎるほど伝わってきた。そんな彼女は果たして「植物状態」なのだろうか。

 忘れられないシーンがある。「圭子が障害を負ったのは私のせいだと思ってしまう」。酒好きな者同士、杯を交わし、ほろ酔いになった光行さんは言った。光行さんの一目ぼれで恋が始まり、職場の人に隠れてデートを重ねながら愛を育み、結婚、そして出産。その中のどこに光行さんの瑕疵(かし)があったというのか。

 ただ、私が「光行さんは何も悪いことはしていないじゃないですか」と説いたところで、光行さんはそこから抜け出すことはできるのだろうか。

 長く撮り続けて、光行さんは他人への恨みや怒りを全く発言しないことに気づいた。それどころか、病院の医師や看護師、弁護士に対しての感謝の念を口にすることの方が圧倒的に多い。

 圭子さんの出産時、院長に促されて分娩(ぶんべん)室に入ると、光行さんの眼前には白目をむいてうなっている妻の姿があった。「全身麻酔したあと気道確保して酸素を入れようとしたが、圭子さんは特異体質で管がなかなか入らず、呼吸が17分間も止まっていた」と説明を受けた。

 圭子さんが特異体質ではないというのは後になってわかるのだが、それに対して光行さんは苦言を呈すことをしない。

 私の勝手な想像では病院に対して責任追及するのが自然の流れだと思ったのだが、光行さんはそれをしなかった。

 

初めての生活

 

 その代わり「圭子を治してほしい」と病院側に懇願し続けた。私怨(しえん)を原動力にするのではなく、愛情をもとに圭子さんにとって何が最善方法なのかを常に考え、決断していた。

 「絶対に治らない病気」「5年生存率0%」と言われた圭子さんは既に29年間生き続け、その間圭子さんは表情を見せるようになり、自分の口から嚥下(えんげ)することができるようになった。

 未知な世界が茫洋(ぼうよう)としている障害と対峙(たいじ)し、光行さんは電気刺激療法、音楽運動療法、リハビリロボットによる臨床試験などのリハビリや治療法、圭子さんの地元である函館旅行や、ディズニーランドへの外出と挑戦を続けた。

 元号が平成に変わった年に結婚した2人は、くしくも元号が令和になった今年、新しい生活が始まった。圭子さんは長い間いた病院から、自宅へ引っ越すことになった。

 29年前に生まれた美夢(みゆ)さんを含め初めて、家族水入らずの生活が実現した。光行さんは、みんなで花鳥風月を楽しみたい、と自宅庭にデッキを作った。

 光行さんが先に亡くなってしまった場合の介護者や、資金面などの課題も待ち受ける。ただ、今まで先が見えない未来に光行さんファミリーは何度も足を踏み入れてきた。そして、これからも一歩一歩前に進んでいく。愛する人のために。

 

(KyodoWeekly12月2日号から転載)

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