うそのような本当の話

 秋。読書の秋らしい。と言っても大都市や地方都市を走る電車の中で、本を読む人はほとんど見かけない。大半がスマートフォンを操作している。夏の終わりにパソコンでネットを眺めていたら、読書をめぐる、こんな体験談を書き込んでいる人がいた。いい話なので紹介する。

 「電車で読書していたら、向かいに座っていたアフリカ系とアジア系の女性に声を掛けられた。アジア系の方が通訳する。『大変失礼ですけど、何を読んでいるのですか。スマホを見ている人ばかりの中で読書されているのが気になって』。本のカバーを外して河出文庫のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著『なにかが首のまわりに』を見せたら、アフリカ系の女性が急に泣きだした。わけを尋ねると、その方はナイジェリア人だった。日本人にナイジェリアの女性の苦悩を少しでも知ってもらえてうれしい、ありがとうと、何度も言われた。感謝されることはないです。人間なら苦悩を分け合って当然ですと言うと、今度は2人が泣きだした。しばらくして落ち着いたので目的地まで3人で読書談義した」。 そして、この人は「うそのような本当の話」と結んでいた。

 この投稿に感想を書き込む人が相次いだ。「本を読むため電車に乗る」「読書旅をしたくなった」。とうとう、本を出した出版社までが登場した。「もっと読まれてほしい。著者のエージェントに伝えます」。実は元の文章を投稿した人は片目が見えない。もう一方の目も視力が弱い。それでも可能な限り本を読みたいと書き加えていた。

 この本は12の短編からなるもので、出版元の河出書房新社は表題作の全文をネットで無料公開した。私はその恩恵にあずかった。「首に何かが」と女性の苦悩だから、絞首刑される女性の話かと想像していた。が、違った。米国に移住したナイジェリア人女性のせつない物語だった。

 スマホといえば、昨年自殺した評論家の西部邁はインターネットテレビの番組でこう語っているのを最近、知った。

 「朝から晩までスマホ人間が電車にあふれ、ボタンを押している。こんなところで国を守るとか文化をどうするのかといって、ニヒリズムにしかなりようがない。それが大衆社会の末路なのだ」

 その西部が東京大学助教授の職を得てから知人にお金を借りて大量の本を買い込み、団地の4畳半の間で1年半の間、読み続けた、と自伝に書いている。哲学、社会学、政治学、歴史学、言語学、文化人類学、記号学など。そしてまだ初秋というのに、窓から雪がしんしんと降るのを見る。うそのような本当の話である。本を読みすぎて、とうとう幻覚を見るようになったのだ。(敬称略)

(嵐)

 

(KyodoWeekly10月28日号から転載)

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