「口福の源~食料」しょうゆって何だっけ?

スペインの田舎町で見かけたしょうゆ=筆者撮影

 日本の食生活に欠かせない調味料といえば、しょうゆでしょう。

 ただ、その成り立ちについては明らかになっていない点が多いことも事実です。紀州(現在の和歌山)の金山寺味噌(みそ)をしょうゆの起源とする説が多くの文献で見られますが、平安時代の記録にはすでに供御醤(くごびしお)という液状の調味料が登場しますし、鎌倉時代にかけて豉汁(くきじる)、漿(つくりみず)、豆油(たまり)などしょうゆ様の液体調味料が多く見られます。

 金山寺味噌はいわゆる「なめ味噌」、つまりおかずなどとして食べるもので、穀物と野菜を漬け込むものです。和歌山県に残る根来寺坊院跡の2002年の調査では、土蔵地下部におけが残されており、その底部の残留物を分析した結果として金山寺味噌のようなものだと分かりました。

 成分はオオムギ主体でイネが混じっていると報告されています。根来寺が羽柴(豊臣)秀吉に攻められ焼失したのが天正13(1585)年ですから、龍野(兵庫)でしょうゆづくりが始まったころ、金山寺味噌は依然としてオオムギ主体であったことになり、しょうゆとのつながりを見いだすことは難しいと言わざるを得ません。日本におけるしょうゆの起源と発展の経緯を明らかにするにはさらなる古文書や文献の研究が必要なようです。

 いずれにせよ、中国や朝鮮半島からもたらされた醤(ひしお)が日本で独自の発展を遂げたことは間違いなく、こうじ菌によってもたらされる調味料は日本オリジナルと言ってもよいかもしれません。中国ではクモノスカビやケカビが酒やしょうゆづくりに多く使われ、アジアでは魚自体の体内酵素で自家発酵させる魚醤文化が広く浸透しています。

 世界を見ても、古代ローマの時代にはガルムという魚醤が重用され、ポンペイの遺跡からもガルム専門店の遺構が見つかるなどしていますが、現在ではイタリア南部のアマルフィからシチリア島にかけて、このガルムの製法を継承するColatura(コラトゥーラ)という魚醤が細々とつくられている程度です。日本のしょうゆはもっともっと活躍できる可能性があると思います。

 日本のしょうゆが世界中で使われるようになってきた背景はなんでしょうか。それは、しょうゆが、豊富なアミノ酸によって構成される複雑な味と、300種類以上とも言われる香り成分を有していることです。

 しょうゆの主たるうまみはグルタミン酸ですが、実は多様なアミノ酸によって構成されています。トリプトファン以外の必須アミノ酸をすべて含んでいます。

 さらに発酵過程で生成される有機酸や、香気成分が複雑な風味をつくりだしているのです。このようにしょうゆはその豊富な味と香りの成分によって、さまざまな食材、調理法と融合するインターフェース(橋渡し)たり得ているのでしょう。

(キッコーマン 国際食文化研究センター 山下 弘太郎)

 

 (KyodoWeekly10月21日号から転載)

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