「落語の森」艶笑落語

 好事家にはよく知られているが「禁演落語」をご存じだろうか。1941(昭和16)年の戦時下、「時局にふさわしくない」と噺(はなし)家さん自らが、艶っぽい噺・社会倫理に背く噺など53種を高座にかけるのを禁じ、浅草の本法寺に「はなし塚」を建立し埋めた。埋めた噺53種こそが、「落語そのもの」だったはず、これは46年(昭和21)年、掘り出され口演されている。

 この「禁演落語」をライフワークにしている噺家さんがいる。落語立川流の立川談之助師がその人だ。ひと頃、国民的グループ・嵐の桜井翔さんのお父さんと高校の同級生ということでマスコミをにぎわした。本来、寄席には出られない(出ない?)、立川流に所属しているのに席亭に買われているらしく、末廣亭・浅草演芸ホールなどによく出ている。

 今回は秋の夜長、禁演落語を含むいくつかの艶っぽい噺「艶笑(えんしょう)落語」のご紹介。

 まずは「鈴振り」、これは古今亭志ん生師の独壇場。若い僧侶の昇進試験、僧侶のそれに、鈴をくくりつけ美女に薄物をまとわせ、酒食のもてなし。当然、健全な男子のこと、あちらこちらから「チリーン、チリーン」。ところが1人の僧侶からは何の音もナシ!「よし、そちは昇進!おやっあなた、鈴がありませんな!」「はい、とうに振り切れました!」

 この噺をあの端正な高座姿が懐かしい「芝浜」で売った先々代(三代目)桂三木助師が早稲田大学落語研究会の学生に請われて、演じたことがあるというから面白い。

 「なめる」は三遊亭圓生師が演(や)っていた。胸のできものを男になめさせる、という嫌な噺。弟子の圓彌師も演っていた。本来のできものの箇所、胸ではないらしい。

 「紙入れ」も圓生師。立川談志師はこれでもか、とエロを前面に出して演じていたがカラっとしていた。先日、真打ち直前の噺家さんの「紙入れ」を聴いたが、いやらしさが鼻につき、笑えなかった。「艶笑落語」は難しい、演りようでどうにでもなる。

 同じく間男(まおとこ)の噺で「風呂敷」は志ん生師のクスグリ(ギャグ)が楽しかった!

 「熊の皮」も演りようで、「艶笑落語」になる。古今亭文菊師などは、サラっと演っている。「汲(く)みたて」は先代(五代目)三遊亭圓楽師、サゲは汚いが笑えた。

 上方だと「お玉牛」が浮かぶ、演じるのは先代の桂春団治師。上方で「三代目」といえばこの人。「六代目」といえば笑福亭松鶴師のこと。当代桂文枝師は六代目だが松鶴師に敬意をはらって、「六代文枝」と名乗っている。春団治師の羽織の脱ぎ方、キレイだった!

 先日、スゴイ噺を聴いた。演じたのは柳家喬太郎師、噺は「吉田御殿」。初めて聴いたこの噺、埋もれていたのを師が掘り起こしたらしいが、すごかった!すごかった!殊(こと)の外、すごかった!そりゃァすごかった!とても書けない。ゴメンナサイ。

 紫紺亭 圓夢(しこんてい・えんむ)

 

(KyodoWeekly10月14日号から転載)

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