「風のたより~地域経済」豪雨災害で地球の鳴動を聞く

 2004年9月、三重県大台町の旧宮川村地区は未曽有の豪雨に見舞われた。小さな村に800カ所を超える土石流や山腹崩壊が発生、死者・行方不明者7人という甚大な被害を受けた。

 私の自宅は無事だったものの、知人や同級生の家族が亡くなった。見慣れた美しい風景は赤茶けた岩盤がむき出しになり、川は土砂で埋まり、魚影が消えた。

 当時はまだ豪雨災害は全国的にもまれであり、90代の古老でさえ、「見たことも聞いたこともないほどの大災害」と口にした。私は当初、災害発生の原因に山の人工林化など人為的な要素を疑った。

 だが、災害の研究者たちと災害地を巡ってみると、表層の植生と関係なく山は崩れていた。かつて川床にあった丸石を含む地層があらわになった箇所もあり、山だった場所が実は過去の地すべりの土塊(つちくれ)だったと教えられることもあった。

 自然の脅威を前に人為的な関与などみじんもなかった。そもそも宮川上流の深いV字谷は、何百万年にもわたり、雨が山を削り続けてできた地形だ。人間の尺度では大地は止まっていることこそが正である。しかし、長い目で見ると大地は形を変え動いていることに気づいた。

 災害を契機に始めた宮川の魚類調査では、個体数が激減した魚種でも、災害後に大量の稚魚を生み、数年後には災害前の個体数を上回る回復を遂げることがわかった。大規模なかく乱で浮石ができ、餌場やすみかが増えるなど好ましい影響があるからだ。

 調査対象の魚種には、おおよそ2千万年前から生息しているとされる魚もいる。2千万年にわたり命をつなぎ続けたということは、私たち人間が未曽有の大災害だと思っても、自然にとっては過去にも発生していた規模だったのだろう。

 災害とは人間本位の言葉であって、本来は時の経過、重力、雨が引き起こす自然現象の一つであり、かつ必然の作用なのだ。

 「自然はすごい仕事してった」とは目の前で発生した土石流により自身のアマゴの養殖場が全滅した地元の人の言葉である。自然には到底あらがえず、自然の脅威に対する、畏敬や謙虚が伝わってくる。

 昨今多発する自然災害におそれをなし、自然はますます遠ざけられようとしている気がする。山を削り流出した土砂は、ダムがなければ海に供給され、海浜の消失への対策となっただろう。災害の影響からは、容易に回復する魚も、建設工事や人工の建造物には弱く、時には絶滅することもある。

 災害とは、時に人の命を奪い、生活を一変させる。だが、災害は地球の鳴動を聞き、自然の大いなる循環の中に暮らすことに気づき、変わるチャンスでもある。

(NPO法人大杉谷自然学校 校長 大西 かおり)

 

(KyodoWeekly10月7日号から転載)

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