「漫画の森」「遠くても近い」

 創作には、身近な題材を拾ったものもあれば、時間、空間ともに隔たった非日常を描いたものもある。「乙嫁語り」(既刊11巻、森薫/KADOKAWA)の舞台は19世紀の中央アジア。今のカザフ、ウズベク、キルギスのあたりだ。現代日本人にとっては心理的にもなじみ深いとはいえない設定だが、生活まわりの情報に圧倒的描きこみを誇る作者の技もあり、不思議に近しい作品になっている。

 タイトル通り、刺しゅうが華やかな結婚衣装をまとった新郎新婦の登場で物語が幕を開ける。花嫁は20歳のアミル、かたや花婿は12歳のカルルク。見た目からして大人と子どもの極端なカップルだが、そのアンバランスさを2人が気にするふしはない。

 当時の結婚は、まず第一に牧草地を共有し、共存するための手段だった。加えて晩婚のアミルは働き手として一級品の即戦力。飛ぶ鳥を射落とすほどの彼女の弓の腕に、狩りをする習慣のない夫のカルルクは目を丸くする。妻と肩を並べたい、頼れる存在でありたいと背伸びするカルルクと、夫に請われて作った弓が強弓すぎたことに恥じ入るアミル。

 一方で本作は、視点が複数にわたる群像劇でもある。英国人の文化人類学者とおぼしきスミスは、アミルたちの村でフィールドワークの真っ最中だったが、やがて次の目的のためにアンカラに向けて出立する。経験豊富なガイドの助けがあるにもかかわらず盗賊に狙われ、立ち寄った先では働き手を失った集落の消滅危機を目の当たりにする。西洋人というだけで帝政ロシアのスパイ疑惑をかけられるエピソードからは、当時の情勢のきな臭さもうかがえる。

 印象深いのは、一度嫁いだアミルを取り戻そうとする実家の面々だ。より有力な一族と縁をつなぐために、彼女の夫をすげ替えようというのだ。結局それはかなわず、放牧地から追い出された彼らはたちまち困窮。生活手段の上位に略奪がランクインしていた時代背景だ。交渉や売買を恥と考える年長者の意思で、アミルの実兄やいとこなど若者たちは険しい道の最前線に立たざるをえなくなる。

 これら人々の営みの背景に常にかすかに流れるのは、人命の軽さ、女性たちの運命の危うさだ。彼女らが献身的で有能なのは、それが生き延びる武器になるから。自分の属する集団に高いカロリーと防御力を与え、ひいては自分と集団の延命率を上げるためだ。男性たちが彼女らの意をくみ、励まし、背中を押すのは、そうしないと共倒れの危機にひんするから。「ありのままの自分でいい」といった文言が生まれるにはまだ早い時代なのだ。

 本作の紹介では必ずといっていいほど言及される、衣装やじゅうたんの緻密な刺しゅうの描出はさすがに見事。アカデミズムすら感じるといっていい。一方で布の張りや皺などの描写からは、服を身にまとう登場人物の体温も感じられる。描き手のこだわりをソフトに受け止める、愛嬌(あいきょう)ある絵柄の効果かもしれない。

 群像劇がひとつの結末に向かって収束することは、現実にはあまりない。交わったり離れたりする人々の人生が同時進行するだけだ。物語はそれを限りなく忠実に再現し、再会のあてもない別れが多数描かれる。作中で隔たったなじみの面々の距離を思うと切ないが、読み手の特権で彼らと接触を保っていられることが、ただうれしい。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly9月16日号から転載)

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