「風のたより」命の次に大事なもの

 「水はどこもかもスイスイ(透き通ってきれい)で20メートル先まで見えた。捕っても捕ってもアユが湧いてきよって、川は足の踏み場もない」

 三重県南部を流れる宮川には「しゃくり」という伝統漁法がある。水中をのぞきながら、針を付けた竹竿でアユを引っかけて捕る。人は水の中でアユと対峙(たいじ)し、駆け引きする。昔は一晩で何百匹も捕ったという武勇伝は数知れず。「しゃくり」は一度に多くのアユを捕るための漁法だ。

 私が小学生だった40年前、学校中の男子がしゃくり漁をしていた。父や祖父、親戚に連れられ川でアユ捕りに興じていた。だが、現在は地元の小学生でもしゃくりをする機会はほとんどない。当校では5年前から伝統漁法の継承、保存や記録に取り組んでいる。

 しゃくり漁法の継承に大切なことは、まず川に行く機会を増やすことだ。現在は水中眼鏡だが、昔は「水眼(すいがん)」と呼ばれる木で作られた箱眼鏡が使われていた。水眼は厚さ8ミリの底板を歯でかんで使用するのだが、ひと夏で板をかみ抜いてしまうほど長時間にわたり漁を行っていたという。

 小学校に上がると漁を覚え始め、70歳前後まで実に60年余りにわたり、繰り返してきたのが、今のしゃくり名人たちなのだ。また、漁法や道具作り、魚の習性などを教える大人や先輩の存在も欠かせない。技術や慣習、思考は人から人への伝承でこそ、生きたものとして受け継がれる。伝統漁法を通じて、アユと駆け引きできる知恵や身体能力と共に河川文化が受け継がれていた。

 昭和30年代に上流と中流に相次いで建設されたダムの影響や、流域の人工林化などいくつかの原因とあいまってか、現在60代以上の方々が知る昔の宮川の面影はほとんど残っていない。

 完全に透き通った水と対岸をかき消すほど、多くの魚とともに発展した漁法の数々は、今では再現不可能になってしまったものが多い。

 だが、私たちが取り組んでいる、伝統漁法の聞き取り記録には、現在の宮川からは想像できないほど、命にあふれた美しい姿が詰まっている。

 伝統漁法の聞き取り調査で印象に残った言葉がある。「川は命の次に大事」だ。80年を超える長い人生で、川と一体になれた人だけがたどり着ける境地からこそ出てくる言葉だ。

 間もなく消えゆくであろう、多くの伝統漁法が伝える、本当に美しかった川の在りし日の姿を、先達から引き継ぎ伝えていきたい。今を生きる私たちしかできない、使命なのではないかと信じる。

(NPO法人大杉谷自然学校 校長 大西 かおり)

 

(KyodoWeekly8月26日号から転載)

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