「言の葉の森」言葉の森で今日も迷子に

 人が書いている文章は、ただ自分がその言葉を知らないだけで正しい使い方なのではないか―。

 疑問符をつける際にはいつもそれなりに悩んでしまう。時には周りの校閲記者にも聞いてみる。こう思うのですが、と説明し始めたとたんに別の解釈に気づき、あ!と声を漏らすこともある。

 そんな繰り返しでもう7年が過ぎた。

 新人の頃、校閲した記事を確認してくれた先輩に手招きされた。指し示されたのは「照準を当てた」の一文。促されるまま、あわてて用語集を引くと、「照準を当てる→合わせる」と直すように載っている。見事に見逃したわけである。

 照準と焦点がごっちゃになっていたのだと後でわかった。落ち着いて考えたらわかるのに、なんでだろう。

 その後も何度も同じような見逃しをした。「強調」「協調」に「適応」「適用」―。自分のミスの傾向も見えてくる。私は音が似ていると見落としがちだから、似た音の言葉がある時はしつこく辞書を引くようになった。急いでいる時に、これは何度も気をつけたから大丈夫、と立ち止まるのを怠るとまた見逃している。急がば回れって言うのに。

 でも、それらは辞書を引けば防げること。

 難しいのは言い回しで、特にルポなどでは風景描写も求められるから、そのぶん気になる表現も多くなる。

 たとえば「高層ビルが軒を連ねる」。慣用句としては間違っていない。言いたいこともイメージできるし…。でも高層ビルにも軒って使うのかな? 結局、問い合わせて「高層ビルが林立する」になった。うんうん、こっちの方がしっくりくる。

 他には野球の記事で、投手が「立ち上がりから精彩がなく」とあった。うーん、あまり聞き覚えがない…。手元の辞書でも用例を見つけられなかった。「精彩を欠き」が一般的かな?と直そうとした矢先、なにげなく繰った「てにをは辞典」に載っていた。

 文庫本などから結合語例を採集した辞典で、基になる文庫本は校閲を通っているはず。つまり、この使い方はあり、と先人が判断したということだ。

 私が知らなかっただけ。でも人が書いた原稿を預かっている以上、知らなかった、で不用意に直すわけにもいかない。文章には書いた人の気持ちが乗っている。

   ×   ×   ×

 言葉は日々、新しくなっていく。

 昔は誤用とされていた表現が、いつのまにか多数派になっていたりする。校閲記者だって全部の日本語を知っているわけじゃない。だから今日も頭を抱えてうなるのだ。

 それが私たちの仕事である。

(毎日新聞社 校閲センター 斎藤 美紅)

 

(KyodoWeekly7月22日号から転載)

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