「はじめの一歩」~日本の農業② ノウハウ伝承が不可欠

 前回(5月27日号)は、日本の農業に復活の兆しが出ていることを具体的な事例を挙げながら報告してもらった。今回は農業者の高齢化や担い手不足という状況の中、日本農業の競争力強化には〝ノウハウ〟の伝承が不可欠と強調した。(編集部)

オランダのスーパーの店頭に並ぶ、オランダの農産物の代表格であるトマト=2018年2月、日本総研撮影

 Q 農業ではノウハウが重要だそうですね。

 A 農業のノウハウには、栽培ノウハウと経営ノウハウの二つがあります。栽培ノウハウは高付加価値な農産物を生み出す源泉として、日本の農業の競争力を支える基盤となっています。

 Q 栽培ノウハウはどういったものでしょうか。

 A 栽培ノウハウは、作物の収量や品質の向上に欠かせない、作物学、育種学、園芸学や植物病理学といった知識を総合したものです。作物を栽培する際には、年間の作業の内容とスケジュールをまとめた作型や、地域ごとの栽培指針を参照しながら作業計画を組みます。播種(はしゅ)(種まき)や定植(苗の植え付け)のような基本的な作業に加え、作物をうまく育てるためには日々の管理作業が重要になります。圃場(農地)の場所によって日当たりや降水量、土壌の養分量などは少しずつ異なるため、作物の生育は一様ではなく、時には栄養不足などによる生育障害や害虫による病気が発生することもあります。農業者は日々、圃場の様子を観察して、作業のタイミングや、農薬や肥料の種類、量といった作業の内容を少しずつ修正し、工夫を重ねています。このような微妙な判断は、農業者の経験や勘に基づくもので、これまでほとんど明文化されてきませんでした。

 Q 経営ノウハウについてはどうですか。

 A 経営ノウハウは、財務、税務、労務管理、マーケティングなど、事業を行うために必要な知識です。近年の農業経営の法人化や大規模化の進展に伴い、経営ノウハウの重要性が増しています。損益分岐点を考慮した規模拡大や、6次産業化による事業の多角化、インターネット販売などの販路拡大により、成功を収めている農業者も多数存在しています。従来、日本の農業は経営ノウハウに乏しいとされてきましたが、近年は他職種での経験を積んだ人材や、商学や経営学専攻の人材の活躍に期待が集まっています。

 Q 栽培ノウハウや経営ノウハウの有無により、どのような差が出るのでしょうか。

 A 栽培ノウハウは収量や品質に、経営ノウハウは単価や販売量に影響するので、ノウハウの有無は売り上げの差に直結します。実際にナスの農業者にヒアリングした際には、新規就農とベテランの農業者で10アールあたり売上高に3倍の差があることが分かりました。

 Q 独自の栽培ノウハウを日本の農業の武器に進化させるには何が必要でしょうか。

 A 長い年月をかけて培ってきた栽培ノウハウが、農業者の高齢化や担い手不足により、断絶の危機にひんしています。これからの日本の農業の競争力強化のためには、新規就農者を含めた担い手農家へのノウハウの伝承が不可欠です。また、ノウハウの伝承だけではなく、今あるノウハウを向上させていくことも重要です。

 Q ノウハウの向上の面ではどのような課題がありますか。

 A ノウハウ向上に関しては、研究機関の役割が欠かせません。農林水産省直轄の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)や、各都道府県に設置されている農業試験場をはじめとする研究機関では、品種改良、効率的な施肥方法や病害虫の予防といった栽培方法の検討、農機の開発、遺伝子工学研究など、多面的で高度な研究を行っています。近年人気の「シャインマスカット」は、農研機構で品種改良されたものです。

 研究成果の多くは論文として発表され、主に普及指導員の国家資格を持つ都道府県の職員によって農業者への技術指導や情報提供が行われますが、実際には、論文として埋もれたままになっている研究成果も多くあります。

 国費を投じた貴重な研究成果が農業者に届いていない現状は、日本の農業の課題となっています。今後は、研究と農業現場のコミュニケーションを推進し、研究成果の実装により力を入れていく必要があります。

 Q 農業のノウハウの伝承や向上について、海外の事例から参考にできることはありますか。

 A ここでは、農業先進国であるオランダでのノウハウの伝承と向上の仕組みを紹介したいと思います。オランダはアメリカに次ぐ世界2位の農産物輸出国で、環境制御システムを活用した施設園芸に強みがあります。オランダのトマト収量は10アール当たり70トンで、10アール当たり15トンという日本の約5倍となっています。オランダの特徴として、農業研究から実装への一気通貫の仕組みが挙げられます。

 Q どのような仕組みですか。

 A ここではその仕組みを構成する二つの要素をお伝えします。一つ目は、研究水準の高度化のための仕組みです。オランダの農業研究の中心は世界有数の農業研究機関であるワーゲニンゲンURです。ワーゲニンゲンURは、ワーゲニンゲン大学と試験場から構成されており、優秀な学生はそのまま試験場に採用されるため、優秀な研究者が集積する人材育成の仕組みができています。

 研究資金の6割は政府からの補助金、残りの4割は企業からの研究委託や共同研究により賄われています。研究内容としては基礎的なものを中心に進めつつ、実現性の高い、利益につながる可能性の高い研究も推進しています。

 世界に先駆けて先進的な研究テーマを掲げることによって、企業からの注目を集め、研究資金を確保することで、研究機関としての質を維持する仕組みが整っています。

 Q 二つ目の要素は何ですか。

 A 二つ目は、民間企業の有償サービスを通した農業者へのノウハウ伝承の仕組みです。オランダで栽培ノウハウの伝承を担うのは、農業コンサルタントです。オランダでは農業技術指導が有償サービスとして定着しています。コンサルタントの専門性は、品目や分野によって幅広く分かれており、栽培ノウハウだけでなく、経営ノウハウについても指導を行っています。

 環境制御システムでは、温度や湿度、光量、CO2濃度などを細かく管理することができますが、システム導入だけで万能というわけではありません。実際には制御の指標となる設定値の判断や、作業全般にわたる幅広い知識が必要になります。農業者は環境制御システムと技術指導サービスの両方を活用することで、着実に収益性の高い農業を実現することができます。

 オランダの農業コンサルタント会社のDelphy(デルフィー)では、自社で研究施設を設け、栽培技術のブラッシュアップや新たな品目の試験栽培を行い、ノウハウを深化させています。Delphyでは、ワーゲニンゲンURとの共同研究も行っており、アカデミック分野の最先端の研究成果を農業現場での実装につなげるルートが確立されています。高い専門性を持つコンサルタントが、研究と農業現場の橋渡し役として活躍しています。

Delphyの研究施設内部。土壌、空調、LEDでの補光など、栽培方法について幅広く研究を実施している=2018年2月、日本総研撮影

 Q 日本がオランダを凌駕(りょうが)するにはどうしたらよいでしょうか。

 A 現在、アジアでは、高所得者層を中心に高付加価値の農産物へのニーズが高まっています。日本産の農産物はアジアのマーケットでも高く評価されており、最近では、日本のノウハウを活用した農産物の現地生産の動きも加速しています。農業の技術移転のために現地法人を設立する日本の農業法人の数も増加傾向にあります。

 アジア各国が農業技術を移転する際、日本の技術とてんびんにかけられているのがオランダの技術です。日本がオランダを超える鍵は、オランダの強みである技術の伝承・向上の仕組みと、日本の強みである栽培ノウハウの「良いとこ取り」によるハイブリッドモデルの構築にあります。

ミャンマーの市場にて。農産物の栽培方法や保管管理方法の向上の余地は大きい=2018年8月、日本総研撮影

 Q 具体的に教えてください。

 A 従来、日本の農業法人の海外進出の際には、自らが蓄積しているノウハウに基づいて指導を行っていました。そのため、現地で指導できる品目が限定される、現地の環境での技術適応に苦戦するといった課題がありました。

 海外展開における日本の農業の強みは、日本の豊かな食文化を支えている、数多くの品目に関するノウハウが蓄えられてきた点にあります。

 東西南北に広がる地形や標高の違いを利用して、全国各地で作物が栽培されており、気候や土壌といった栽培環境の違いに対応するための幅広い知見も蓄積されています。

 海外でそうしたノウハウを生かすには、農業コンサルタントなどの専門人材に全国各地のノウハウを集約し、コンサルタントを通じた現地での指導の仕組みを構築することです。全国で多様な栽培環境を経験している日本の農業は、アジアの農業の縮図といえます。

 日本のノウハウの引き出しには、アジア各国の栽培環境に応じた最適な技術が格納されているため、日本はアジア各国のどんな困りごとにも応える力を持っています。冷涼な単一気候のオランダと比べ、日本はアジアの農業技術の「優良な」指導者として、アジアのマーケットでオランダを凌駕する存在となります。

 人口減少で日本国内の農産物市場が頭打ちになることが予想される中で、海外での農産物市場拡大は今後不可欠になります。品目や地域に応じた個別の技術移転による「個人戦」から日本のノウハウを結集した「団体戦」に移行し、日本の農業は世界での存在感を高めていくことで、新たな光を見いだすことができます。

(続く)

【筆者略歴】

株式会社日本総合研究所 創発戦略センターコンサルタント

前田 佳栄(まえだ よしえ)

1992年、富山県生まれ。2017年東京大大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻修了(16年度農学生命科学研究科修士課程総代)。学生時代は植物を対象とするバイオテクノロジー関連の研究を行う。実家はカブの契約栽培を行う兼業農家で、夏休みなどに帰省し農作業に汗を流している。現在、日本総研農業チーム所属。

 

(KyodoWeekly7月8日号から転載)


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