「漫画の森」地続きの安心感

 平成元年の東京を舞台に物語が始まる「天使派リョウ」(全6巻、作・狩撫麻礼、画・中村真理子/小学館)という作品がある。大手企業に勤める姉エイコと大学自主中退の弟リョウ、2人を中心に20世紀末版人間模様が描かれるにぎやかな劇画だ。バブル末期の世相に対するやんわりとした皮肉と、肉厚な絵が醸すぽってりとしたぬくもりが特徴的だ。社会全体がマジョリティーを代表していたかのような時代に、少数派そのものの脇役たちが結集した。すでに時代遅れだったに違いない謎の前衛ダンサー、旅役者上がりの居酒屋店主。妊娠8カ月のお腹を抱え、迫力ある婚活を成功させる女性もいた。

 そもそもが時の刹那の輝きを刻み込む意図はなかったのだと思うが、今見るとつくづく懐かしい描写が多々ある。女性キャラたちは堂々と喫煙し、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)はゆるゆるだ。登場人物の金遣いは荒く、昼のみならず夜も冒険に繰り出すので睡眠時間が全般的に短い。中でもリョウの級友の「今後の就職戦線でつまんない企業の正社員とフリーアルバイターのどっちが得か」という疑問には、ついつい真顔になってしまった。

 話が進むにつれ、大人数での同時進行群像劇の様相が強くなるが、経験値を高めたいという、ただそれだけで学校を辞めたリョウのキャラは作品を貫く。米国のホームレスをまねて停車中の車のウインドーを拭き、級友に「明るいというよりもアホの部類」と評された彼は、今何をしているのだろうか。架空のキャラに詮ないことを考えてしまう。30年前同様、ささやかなとげを笑顔で包み、どこかでたくましく生きているのかもしれない。

 「坂道のアポロン」(全10巻、小玉ユキ/小学館)の舞台は、1966(昭和41)年の長崎県佐世保市。初版刊行は2008(平成20)年なのに、わざわざこの設定にしたのは、主題材であるジャズと若者との、時代ならではの距離感を描きたかったからだろう。「モーニン」「マイ・フェイバリット・シングス」「いつか王子様が」など散りばめられた名曲が、若者たちの背伸びをしたい気持ちと、ロックミュージックに背後を突き上げられる焦りを彩っている。加えて時代特有の荒々しさのようなものが、端正な画(え)に泥くささを与え、作品を熱量あるものにしている。

 音楽そのものの魅力もさることながら、読了後に印象に残るのは、何より主人公・薫と級友・千太郎の長年にわたる関わりだ。方言が飛び交う教室の中で、転校生の薫の標準語は浮きまくる。だがクラス一番のこわもての千太郎と、思いもよらない化学変化を起こした。ドラムの千太郎とピアノ弾きの薫、2人の喜びとそれを脅かす危機がテンポよく繰り出され、振り幅の大きさに翻弄(ほんろう)される。

 豪放磊落(らいらく)だが、己に関してのみ思いつめてしまうところのある千太郎の性格を見抜く、薫の鋭さは頼もしい。本作は、見た目通りに頼りなかった薫が、セッションが基本のジャズという音楽に促され、心を閉ざした友人を追い掛けるたくましさを身につける、その過程の物語なのだ。手を変え品を変え描かれるのは、人との関係性から生まれるありふれた幸福。そこに斬新な要素は何もない。あるのは、長い時を経ていまだ現役の古い道具を見るような、親しみと安心感だ。昭和の友情は平成と地続きだった。新しい時代もそうであってほしい。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly6月10日号から転載)

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