「音楽の森」ラン・ランの類例のない選曲

 ピアノの小品集は、気軽に楽しめる上に、奏者の個性が端的に反映される点が興味をそそる。それゆえ本欄でも何度か取り上げてきたが、このほど既存盤とひと味違った好ディスクがリリースされたので、ぜひご紹介したい。世界屈指の人気ピアニスト、ラン・ランの最新盤「ピアノ・ブック」である。

 1982年中国生まれのラン・ランは、アメリカで学んだ後、ベルリン・フィルやウィーン・フィルとの共演、著名ホールでのリサイタルをはじめ第一線で活躍している名奏者。北京オリンピックの開会式でも演奏したトップスターの一人である。

 そのピアノは、音の粒がきらめくような独特のタッチと、繊細かつしなやかで洗練された表現が魅力。何より音楽の喜びに満ちた演奏が聴く者を引きつける。本作もまずは、そうした彼の魅力が横溢(おういつ)したアルバムだ。

 そして最大のポイントは、類例のない選曲にある。当アルバムは2種リリースされており、「スタンダード」と称する1枚には21曲の小品を収録。「デラックス・エディション」には、さらに9曲を収めた1枚が加えられている。

 両者に共通しているのは、ドビュッシーの「月の光」、ショパンの「雨だれ」などの有名曲のほか、ベートーベンの「エリーゼのために」、バダジェフスカの「乙女の祈り」、モーツァルトのソナタ第16番の第1楽章、クレメンティのソナチネやツェルニーの練習曲の一節など、ピアノ学習者にはおなじみでありながら、トップ奏者はほとんど録音しない作品が多く含まれていること。軽く扱われがちな小品に真摯(しんし)に取り組んだ内容は、唯一無二の光を放っている。

 このほか、ティルセンの「アメリのワルツ」、坂本龍一の「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」といった映画の音楽も収録されるなど、実に多彩。また「デラックス・エディション」には、中国民謡「茉莉花(まつりか)」、朝鮮民謡「アリラン」やアルゼンチン、スウェーデンなど世界各国の佳品が並び、日本盤のみ菅野よう子の「花は咲く」も含まれているので、できればこちらの購入をお勧めしたい。

 演奏例を一部挙げると、冒頭のバッハの前奏曲から(全曲にわたって)音の一つ一つが宝石のように美しく、「エリーゼのために」の巧みなフレージングや抑揚、「月の光」の湖面に輝く月光の精妙なニュアンス、クレメンティのソナチネの表情の豊かさ、「乙女の祈り」の優雅な輝きなど、どれもが絶妙。映画音楽も新たなクラシック・ピアノ曲発見の喜悦を与えてくれるし、極上のピアノ作品に変貌した各国の名歌にも文句なしに魅了される。

 これは、温かいまなざしで丁寧に紡がれた、まさに珠玉のアルバムだ。

(音楽評論家 柴田 克彦)

 

(KyodoWeekly5月27日号から転載)


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