「音楽の森」名匠と九響によるマーラー8番

 当欄ではこれまで日本のオーケストラのCDを数多く取り上げてきた。むろん各楽団の水準向上のたまものだ。今回もそれを実証する好ディスクをご紹介したい。小泉和裕指揮/九州交響楽団(九響)によるマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」である。

 これは2018年9月、九響創立65周年記念演奏会として、本拠地のアクロス福岡で行われた定期公演のライブ録音。九響は、1953年に創立された九州の顔ともいえるオーケストラで、近年グンと力を増している。2013年から音楽監督を務める小泉和裕は、1949年生まれのベテラン指揮者。東京都響、名古屋フィル、神奈川フィルにもポストを持つ、引く手あまたの名匠だ。本作はさらに、日本を代表する8人の歌手と福岡県内のさまざまな団体が集結した300人を超える合唱が加わっている。

 「千人の交響曲」は、オルガンを含む大オーケストラと多数の声楽陣を要する超巨大規模の作品。1910年の初演時には実際に1千人の出演者がステージを埋め尽くした。ただし、第1部が聖霊降臨の讃歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」、第2部がゲーテの「ファウスト」最終場面で構成された、表現が難しい音楽でもある。しかも地方では規模的に上演の機会を得難く、本作の公演は同曲の九州初演だという。

 だがこの演奏は、特別イベント的なレベルを超えている。まずは全体の設計が見事。そしてこうした機会特有の熱気や高揚感は十分に保ちながら、細部まで息づいた精緻な音楽が展開される。

 絶叫調の大音響に終始しがちな第1部では、精妙にコントロールされ、こまやかな抑揚が施された、密度の濃い音楽に感嘆させられる。迫力十分に盛り上げると同時に曲の構造を明晰(めいせき)に描出したその表現は、きわめて秀逸だ。

 第2部の前半は弛緩(しかん)しがちな場面。しかし本作は雄弁な音楽が耳を引きつける。かくも表情豊かで生き生きとした演奏は、世界でも稀(まれ)と言っていい。終結のみ高揚するケースが多い最終場面も、長いスパンでじわじわと感情を高めていく。深い情感が胸の奥にまで染み渡り、最後は無条件に感動的だ。

 本作は、近年円熟味を増した小泉の充実ぶりと九響との緊密な関係を示す好例といえる。オーケストラは全力投球で水準の高さを知らしめ、声楽陣も精いっぱいの健闘。さらには、パイプオルガンのないホールで電子オルガンをその響きに最大限近づけた工夫も光るし、大編成を精妙なバランスで捉えた録音も特筆される。

 同曲は全情報と迫真性がディスクに収まり難く、作品の魅力を十全に味わえる録音は少ないが、本作は楽曲自体を存分に堪能させてくれる。その点が何より素晴らしい。

(音楽評論家 柴田 克彦)

 

(KyodoWeekly4月29日・5月6日号から転載)


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