「漫画の森」名探偵、菅原道真

 「東風(こち)吹かばにおいおこせよ梅の花主(あるじ)なしとて春を忘るな」という有名な和歌を、うつろいやすい男女の仲になぞらえた「飛梅」(作詞作曲/さだまさし)という楽曲がある。ヒットした当時はネットもない時代だったので、舞台である太宰府天満宮に地縁のない聴き手は、歌詞を頼りに光景を想像したものだった。

 「応天の門」(既刊10巻、灰原薬/新潮社)は天満宮に祭られた天神様、菅原道真が主人公。とはいえ本作の道真は梅に代表されるはかないイメージをまとっているとは言いがたい。頭脳明晰(めいせき)で舌鋒(ぜっぽう)鋭く見事な三白眼、初登場時は「小鬼」と評されている。初対面に近い在原業平に対し、衣服についた蔓草(つるくさ)の色から夜間の訪問先を特定、人目を忍んだ行動であることを看破し、「六条にどのような御用かには興味はありませんが」とあからさまな嫌味。口の悪いシャーロック・ホームズといった体だ。

 事件や謎に出会うたび見せる道真の切れ味はまさに名探偵そのものだ。平安時代の人々が物の怪(け)や祟(たた)りを恐れているせいか、ホームズものにたとえるなら「バスカヴィル家の犬」や「まだらの紐(ひも)」のような怪奇譚(かいきたん)的雰囲気のエピソードが多い。これが道真にかかると「すぐ祟りだの障(さわ)りだのいいますけど、そんなのはまったくもってただの思い込みです」となるわけで、知識と証拠を積み重ねる彼の推理は明快だ。書物大好きのひきこもりという設定だが、頭で推察したことを目で確かめてみずにはいられないところなど、理系の資質もあるのではないかと思えてくる。

 ホームズポジションの道真に対し、相棒の在原業平はワトソンほど補助的な位置ではない。検非違使(けびいし)の立場を利して道真を事件に引き込み、なだめすかして知恵を引き出す。ひらめきでは若い道真に一歩譲るものの、百戦錬磨の現場度胸は言わずもがなで、解決策を考える際の経験値の高さは心憎いばかりだ。

 エンタメ性豊かな作品だが、物語そのものは基本的に史実に沿って進む。事件が解決をみるたびにちらつくのは、藤原氏の巨大な権力の影だ。応天門とは平安京大内裏の門の一つで、藤原氏が敵を排したえげつない政変の象徴でもある。業平に言わせると「この応天門より先は欲にまみれた者共の巣窟、鬼の本丸だ」ということになる。本作は、学問好きで優秀な学生の道真が、いや応なしに生臭い現実に向き合っていく物語でもある。

 対する藤原氏の面々も、あくが強く存在感たっぷりだ。ラスボス大本命の藤原基経(もとつね)を中心に、仲の悪さで知られた妹の高子、一見磊落(らいらく)に見えるいとこ・常行(ときつら)など、互いの闇を引き立て合う配置が巧みだ。全員に共通しているのは見通しに甘さがみじんもない点だろうか。「藤原には関わるな」と道真に懇願する父・是善(これよし)の言葉が説得力をもって響いてくる。

 巻を追うにつれ自身の無知を自覚する道真は、謙虚になったと業平にからかわれ、「私、頭がいいもので」とやり返す。おそらく照れ隠しもあっただろう。陰になりひなたになり、彼につきそう女官の名が「白梅」だというのも楽しい。晩年の不幸の印象がどうしても強いが、そこに至るまで知と実行力で道を切り開いた道真がいたことを、しかと思い出させてくれる。毒舌も照れも、現在彼が集めている篤(あつ)い敬慕と不思議に重なるように見えてくる作品だ。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly4月29日・5月6日号から転載)


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