無国籍の子どもは全国にいる

 日本はかつて、労働者輸出国だった。立教大学の石井香世子教授と小豆澤史絵弁護士がまとめた調査報告書「外国につながる子どもと無国籍」(明石書店)を読み、思い出した。

 「からゆきさん」の足跡をたどったことがあった。日本が貧しかった明治から大正にかけ、家族を支えるためにより良い賃金を求め、外国の娼館で働いた少女たちである。大半は十代で、東南アジアやロシア、満州、北米やアフリカに向かう船に乗った。その数は数十万人。少女たちの送金は日本の近代化を支え、その存在は商社や旧日本軍などの海外進出の足がかりとなった。「娘子軍(じょうしぐん)」と持ち上げられる一方でさげすまれていた。厳しい生活で数年のうちに多くが死亡した。日本は後に、彼女たちを「恥」として歴史から消した。

 日本政府はまた、雇用や耕地の不足を解消するため、北米や南米などに移民を送り出した。 「労働者送り出し国」日本が受け入れ国に転じたのは、1970年代。労働ビザが認められるのは日系人と特殊技能者だけだったが、より良い賃金を求める人々の流れは止められない。偽造パスポートで入国し、不法滞在のまま働く人々も少なくなかった。今、日本は「送り出し国」だった時代からは想像できないほど、豊かで便利になった。

 だがそれは、非正規を含む多様な外国人の労働力に支えられている。報告書は、この社会の陰に、どの国にも登録されていない「無国籍」の子どもたちが存在している、しかも全国にいることを実証したものだ。

 全国600の児童養護施設に質問状を送り、うち有効回答があった300の施設からの回答を基にしている。「国籍のあやふやな子供達が措置されたことがある」と答えた施設は、4分の1に当たる72カ所。無国籍の子どもの親として最も多いのはフィリピン、次にタイだった。

 人は、非正規労働者や無国籍に好んでなる訳ではない。母国で貧困に苦しむ人々は、より良い賃金のために非正規労働などのリスクを負う選択を迫られる。こうした人々の間に生まれた子どもたちの出生届はどこにも出されず、無国籍となってしまうケースが多いことは想像に難くない。

 そもそも「無国籍」とは何か。そのことについて国際的な統一基準がないという。日本では無国籍者を正確に把握した統計はない。このことが、無国籍問題が「ないもの」とされてしまう要因のようだ。

 国籍の有無に関係なく子どもは成長する。だが大人になるにつれ無国籍状態は、さまざまな障害をもたらす。パスポートが作れず、仕事で制約を受け、結婚届も受理されない。無国籍の子どもたちから生まれる子も無国籍になってしまう可能性もある。「無国籍かもしれない子供がいたら早い段階で無国籍状態を脱するよう手続きすることが大切だ」と報告書は呼び掛けている。

 外国からの労働者の力がなければ、高齢化社会を生きる私たちの生活は立ちいかないと、私たちは薄々、気付いている。多様な人たちが支える社会で、国籍という根本的な問題を無視し続ければ、安定や豊かさが崩れていく時が来るだろう。からゆきさんたちのように、豊かさに貢献した人たちの存在と歴史を封印してしまう社会は、あまりにも貧しいと思う。

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly4月22日号から転載)

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