便利になって幸せか

 「夜はねむるものである」。こう書いたのは、エッセイストの山本夏彦だ。この文章に続いて夜間に煌々(こうこう)と照らす照明を指して「夜を欺くものである」という文章があったと思う。

 思う、と書いたのは、40冊ほどの山本の著作を探しても該当する箇所を見つけられないからだが、このくだりはよく覚えている。「何用あって月世界へー月はながめるものである」と並んで名言だと思うからだ。

 これは米国が月に衛星を着陸させた際に書いたものだ。最近、中国が月の裏側に衛星を着陸させて探査に乗り出したと知り、ますます名言だと思うようになった。

 「夜」に話を戻そう。なんと反時代的なことを、と眉をひそめる人も多いかもしれない。24時間営業のコンビニは常識だし、ファミリーレストランだって寝ずに営業している。便利でいいことだというのが多数派だろう。だが果たしてそうか。

 そう考えていたら、こんなニュースが新聞に載っていた。大手コンビニ店の店主が深夜の5時間だけ営業をやめたため、契約通り24時間営業を求める本部ともめているという話だ。人手不足が原因のようだ。

 これに対して本部側は客の利便性のほか、さまざまなサービスの提供という社会インフラの役割を果たしていると反論している。だから24時間営業は必要なのだ。暗い街で深夜に店舗は赤々と光を放ち防犯にも役立っているらしい。そう勇ましく反論しておきながら、気が引けたのか、一部の店舗で営業時間を短縮する実験を始めるという。

 人手不足はコンビニ店だけではない。郵便局は土曜日の配達をやめる方向で検討している。また、宅配便は頼めば時間帯指定で運んでくれる。だけど、そんな便利さは本当に必要なものだろうか。

 コンビニはコンビニエンス(便利)から来ている。売り物は品物よりも便利さだろう。中国語では「便利店」と書く。それで思い出すのは評論家の福田恒存の「消費ブームを論ず」という文章だ。1961年に書いた評論である。

 「昔はあったのに今無くなったのは落ち着きであり、昔は無かったが今はあるものは便利である。昔はあったのに今は無くなったものは幸福であり、昔は無かったが今あるものは快楽である。幸福とは落ち着きのことであり、快楽とは便利のことである」

 コンビニもスマホもない約60年前でもこうだった。それに比べると今は、とてつもなく便利になっているはずだ。その結果、とてつもなく幸せになっただろうか。(敬称略)

(嵐)

 

(KyodoWeekly3月18日号から転載)

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