「音楽の森」明快かつ味わい深い表現

 テレビ番組でタレントがお酒などを褒めるとき、よく「飲みやすい」と言う。これが真の賛辞か否かはさておき「飲みやすいとは言えない飲み物が、抵抗感もなくすんなり味わえる」ことを意味しているのは確かだろう。同様に「聴きやすいとは言えない楽曲」を「抵抗感もなくすんなり味わわせてくれる」ディスクが「ヒラリー・ハーン・プレイズ・バッハ」である。

 1979年アメリカ生まれのハーンは、恐ろしく完璧なテクニックとピュアな音色、ナチュラルかつ高度な音楽性を有する現役トップ級のバイオリニスト。10代でデビューして以来、第一線で活躍を続け、今や“バイオリンの新女王”と呼ばれている。

 本作に収録されているのは、バッハの無伴奏バイオリンのためのソナタ第1番、パルティータ第1番、ソナタ第2番。ドイツ・バロック音楽の巨匠が、1本のバイオリンで旋律とハーモニーの同時表現を成就した不滅の傑作「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲(各3曲のソナタとパルティータが交互に配置されている)中の前半に当たる3曲である。

 ハーンは、同曲集の後半3曲を17歳の若さで録音。デビュー盤としてリリース(ソニー)し、驚異的な完成度で衝撃を与えた。そしてなんと約20年を経て、残る3曲を録音した。それが本作であり、一つの曲集では極めて異例のケースとなった(その経緯は、ハーン自身のライナーノーツで触れられている)。

 何はさておき、本作の演奏は実に素晴らしい。真っすぐに伸びるこの上なく美しい音で、内に強靭(きょうじん)な力を秘めた、瑞々(みずみず)しくも情熱的な音楽が、気負いなしに表出されている。

 ソナタ第1番の冒頭から、意志のこもった音に引き込まれる。第2楽章のフーガや第4楽章のプレストも、精緻な構築と生き生きとしたフレージングで一気に聴かせる。パルティータ第1番も同様で、特に「クーラント」の鮮やかさが光る。

 3曲の中でも有名なソナタ第2番は、第2楽章の長大なフーガの明確な立体感にまず驚かされる。アンコールで頻繁に弾かれる第3楽章アンダンテは重音のバランスが絶妙。第4楽章アレグロもすべての音が雄弁に言葉を放つ。

 本作を紹介したある記事に「凛(りん)として格調高い」との文言があったが、まさにその形容がピッタリの演奏。バイオリン1本による複雑な音楽が続く「聴きやすいとは言えない」楽曲を、明快かつ味わい深く表現した本作は、「聴きやすくてすごい」という稀有(けう)の境地に達している。

 ハーン自身も「今の私が現時点で聴いていただける最高のアルバム」と述べている本作は、20年前の第1作と併せて聴くのもお薦めだ。

(音楽評論家 柴田 克彦)

 

 (KyodoWeekly1月7日号より転載)

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