「漫画の森」目指せ! 東京芸大

 漫画単行本のカバー絵は、主人公はじめメインキャラが一球入魂で描かれた文字通り「顔」と言えるが、「ブルーピリオド」(既刊3巻、山口つばさ/講談社)のカバーからキャラが投げかける目線はとりわけ格好がよい。帯によれば「スポ根系美大受験漫画」の本作、なるほどキャラたちからは夢中で何かを目指す若者特有の好ましい生意気さが伝わる。

 主人公、矢口八虎(やぐち・やとら)は軽い見た目ながら学業成績優秀、人当たり良好。「少し高めのレールの上」を狙っていたはずの彼が、絵画の魅力にがっちり捕まるまでを、序盤はていねいに描く。せりふやモノローグは文字のみで勝負する小説なみの練度だが、八虎が自ら筆をとって早朝の渋谷の絵を描く際の演出は、漫画でしかできない瑞々(みずみず)しさだ。

 絵は趣味でいいのではないか、食べていける保証がないのならと尋ねる彼に、普通の大学なら食べていける保証はあるのかと美術教師は切り返す。背中を押され美術部に入部した八虎は、家の経済状態から私立大は無理と判断し、誰もが認める超難関・東京芸術大学を目指す。

 ここから荒行と呼べるほどの美術レッスンが始まる。量も種類も過剰なほどの課題、技術差が明確に分かってしまう作品を並べての講評。デッサンに描き手の頭の中身が一発で出るあたり、唸(うな)るとともにぞっとした。入部前の八虎が「意味不明さがヤバイ」と表現したような、一見不可解な絵がなぜ評価されるのか、順を追って説明する予備校講師の説得力にも瞠目(どうもく)する。だが、理解できたからといって「いいもの」にすぐ近づけるわけでもない。「スポ根系」の形容に恥じない八虎の苦闘は続く。

 彼より先にスタートを切っていた仲間たちはどうか。八虎の同級生で日本画科志望の鮎川龍二(あゆかわ・りゅうじ)。なんと、2巻カバーから見つめてくる「美少女」が彼だ。漫画における女装男子の登場率は上昇中だが、「ユカちゃん」と呼ばれる彼の女装はただのファッションではない。自らの性自認と向き合い、社会や芸術を含め自分が好きだと思うもののよそよそしさに涙し、それでも八虎に「悔しいと思うならまだ戦えるね」と声をかける。

 3巻カバーからこちらをにらみつける高橋世田介(たかはし・よたすけ)は紛れもない天才で、いかにもそれらしく面倒な性格。予備校での指導を「受験絵画」と決め付け、八虎には「なんでも持ってる人が美術にくんなよ」と言葉をたたきつける。このときの八虎の涙はただ悔しいというだけでなく、「なんでも持ってる」の実相を自分でよくわかっているからではないだろうか。

 本作に登場する絵画は、作者がタッチを変えて描き分けたものではない。美大生もしくは卒業生が分担して描いたものだ。巻末には作品担当の名前が10人超並ぶ。著作権上の決まりであるという以上に、美大出身の作者の矜持(きょうじ)のようなものが伝わってくる。

 「好きなことに人生の一番大きなウエイトをおくのって普通のこと」かもしれないが、「好きなことは趣味でいい」もまた然(しか)り。1巻初頭の八虎はまったくもって理性的だ。だが自分の中にある情熱から目をそむけていられなくなり、「何を好んで」「どうしてそこまで」の道に踏み込んでいく。すべての人にはその人なりの「どうしてそこまで」がある。その当たり前の事実に胸が熱くなる。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly12月10日号より転載)


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