樹木希林とは何者であったのか 「自己演出の達人」貫く

 女優の樹木希林(きき・きりん)が9月15日に死去した。75歳だった。彼女は2005年に乳がんの手術を受け、後に全身にがんがあることを公表したが、その後も女優として旺盛な活動を続け、死生観などに関するユニークな言動も注目された。ここでは、女優としての彼女の足跡を振り返りながら、死後もなお注目を集める樹木希林とは一体何者であったのかを考えてみたい。(敬称略)

 

 樹木希林(本名、内田啓子)は1943年に東京で生まれた。61年に文学座に入り、悠木千帆(ゆうき・ちほ)の芸名で女優デビュー。64年には文学座で一緒だった個性派俳優の岸田森(きしだ・しん)と結婚(後に離婚)したことでも話題を集めた。彼女が悠木千帆だった若き日は、まだ美男美女がスターの条件だった時代だ。容姿には恵まれなかったものの、頭が切れ、自己顕示欲が強かった彼女は、どうすれば自分が目立てるかを模索したはずである。

 そんな中、テレビプロデューサー、久世光彦(くぜ・てるひこ)との出会いが彼女の女優人生を大きく変えることになる。「時間ですよ」(70)をはじめとする、久世が演出した数々のドラマで、時には見る者に嫌悪感を与えながらも、強烈な印象を残す怪演を披露したのだ。

 「寺内貫太郎一家」(74)では、毎回沢田研二のポスターに向かって「ジュリー~」と叫びながらもん絶する“ばあちゃん”を演じた。31歳での老け役である。また「ムー」(77)と「ムー一族」(78)の劇中で郷ひろみとデュエットした「お化けのロック」と「林檎(りんご)殺人事件」はヒットソングとなった。

 その他、「寺内貫太郎~」に続いての“老け役”で石立鉄男(いしだて・てつお)と共演した「気まぐれ天使」(76)のホームレス(実は高貴な家柄)の“ばさま”こと伊集院綾乃役も忘れ難い。こうして彼女は他の女優が嫌がるような、見る者が驚くような、ユニークな役を演じることで、“怪優”としての地位を手に入れたのだ。この間、77年に悠木千帆から樹木希林に改名している。

 

“怪優”から“名優”に変身

 

 2000年代以降、樹木は活動の中心をテレビから映画に移した。そして、主人公の母親を情感豊かに演じた「東京タワーオカンとボクと、時々、オトン」(07)と、「わが母の記」(12)で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。主人公の祖母を演じた「悪人」(10)では同賞の最優秀助演女優賞を獲得した。

 また、是枝裕和監督作品の常連となり、「歩いても歩いても」(08)、「そして父になる」(13)、「海街diary」(15)、「海よりもまだ深く」(16)に出演。年金を当てにされる老人を演じた「万引き家族」(18)はカンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞し、ハンセン病の元患者役で主演した河瀬直美監督の「あん」(15)とともに国際的な評価も得た。こうして、人はいつしか樹木を“名優”と呼ぶようになった。“怪優”からの大変身である。

 ところで、筆者には“何を演じても樹木希林”というイメージがある。その意味では、タイプは異なるが名優・笠智衆(りゅう・ちしゅう)と通じるところがあるかもしれない。もっとも、笠は小津安二郎監督から求められるまま“無の演技”を追求する中で、そうした境地に達したのだが、樹木の場合は、己の強烈な個性を生かし、さまざまな役を演じながら自分をアピールするという、セルフプロデュース力のたまものであったという気がする。

 その結果、例えば、ドラマ「夢千代日記」(81)で共演し、友情を育んだ、ほぼ同年齢の吉永小百合が、近年も清純派スターとしてのイメージを引きずりながら主役を張り続け、苦労している姿とは対照的に、主役も脇役も、汚れ役もできる役者として、樹木は女優という仕事を謳歌(おうか)しているように見えた。

 

セルフプロデュースの達人

 

 がんを患っていることを公表した後、樹木は女優業の傍ら、イベントやトークショーなどにも積極的に参加し、そのユニークな言動や生き方が多くの人々の共感を呼んだが、少々うがった見方をすれば、「死を見据えた女優・樹木希林」という存在を、自己演出をした結果、図らずも、がん患者の新たなタイプを示すことになったのではないかとも思える。

 また、樹木の死後には、NHKがドキュメンタリー「“樹木希林”を生きる」を放送し、茶道教室の先生役で若い女性に人生を説く、映画「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」も公開された。そして、夫でミュージシャンの内田裕也、娘の内田也哉子と夫の本木雅弘と3人の孫たちの家族ショットに「あとは、じぶんで考えてよ。」のキャッチコピーが添えられた出版社の広告も話題となった。

 これらの仕事は、彼女が自分の死後をも見越して行ったものだったとも考えられる。つまり、彼女の自己演出の効果が今も持続しているのである。

 人が驚くような役を演じること、個性派俳優やミュージシャンとのユニークな結婚生活、活躍の場をテレビから映画へと移し、がんを患った者としての生き方を示す…。一見、樹木希林という人は何度も変身を遂げたように見えるが、実は彼女自身は不変で、変化する時代に即して、どのように自分を表現するかに長けたセルフプロデュースの達人だったのではないだろうか。

 西洋ではトリックスターと呼ばれる存在がある。辞書によれば「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者のことで、しばしばいたずら好きとして描かれる。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴」となる。まさに樹木希林にぴったりではないか。死後、発表され話題となった、舌を出した彼女に「サヨナラ、地球さん。」のコピーが並ぶ出版社の広告もそれを象徴する。

(映画ライター 田中 雄二)

 

(KyodoWeekly11月19日号より転載)


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