「本の森」保守と大東亜戦争

中島 岳志著

●288ページ

●集英社(税別900円)

 

保守系論客の戦争観

 

 中島岳志は不思議な学者だ。バリバリの左派雑誌「週刊金曜日」の編集委員なのに、最近まで保守系の隔月刊誌「表現者」の編集委員もしていた。「『リベラル保守』宣言」(新潮文庫)という著作があるように、自称、リベラル保守なのだ。リベラルだけれど保守派? 日本ではリベラルと保守は対立するように考える。だが、中島によると違う。両者は多様な価値に対する寛容さと思想信条に対する自由という点で共通の価値観を持つというのだ。このような考えの中島が先の戦争を保守系知識人がどう考えたかを書いたのが本書である。珍しい試みだが、戦前や戦争中の発言や論考についての文献収集ができていないのは残念だ。

 主に取り上げるのは、評論家の竹山道雄、ギリシャ哲学者の田中美知太郎、評論家の福田恒存だ。3人とも今は鬼籍に入っているが、中島は「自分が経験したことのない彼らの苦難を想像すると、胸が詰まった」とまで書いている。

 この3人は先の戦争中は20代から30代で主体的に戦争を体験した。軍部の横暴を見ているから戦争に対して批判的な考えを強く持った。「先の戦争はアジア解放の戦い」という立場はとらない。だが、この後の世代で戦争を主体的に経験していない保守系知識人の戦争論には、戦後の左派系歴史教育や歴史観に対する反発が反映されていると分析する。このように保守系論客を世代論で仕分けすると、確かに中島の言うような傾向があることが分かる。

 共通点として戦争に批判的だったと中島は書くが、かなり濃淡があると思う。田中は世相に背を向けて非協力を貫きギリシャ哲学の世界に没頭した。福田は時局に迎合する軽佻(けいちょう)なインテリや大衆に反発するとともに、戦争遂行を冷笑した。竹山だけが戦前、軍人批判の論文を書いたし、ナチズム批判の論考を発表した。竹山にとって戦前の超国家主義と戦後の共産主義への熱狂は同根の存在だった。また、田中は「戦中戦後の価値判断は裏返しされた同一の心理の産物で、どちらも信じない」と自伝で書き、先の戦争からも戦後民主主義からも距離をとった。そして双方を批判した。

 3人以外にも多くの保守論客を取り上げている。歴史学者の林健太郎もその1人だ。あまり知られていないが、林は晩年、「大東亜戦争=アジア解放論」を厳しく批判し、数年にわたって論戦を繰り広げた。

 中島はかつて「大東亜戦争」とカギカッコを付けて書いていた。だが、なぜか本書ではそれを外した。説明はない。先の戦争を当時の東条内閣は大東亜戦争と呼ぶ、と閣議で決めて国内では広く使っていた。だが敗戦後、占領軍の命令で使用禁止となり、主権回復後も戦前の名称が使われることはほとんどない。使う場合は特別な意味を込める。中島はどんな思いを表現したかったのだろうか。(敬称略)

(北風)

 

(KyodoWeekly11月12日号から転載)


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