「県民の魂の飢餓感」訴える 追悼 翁長雄志沖縄県知事

 沖縄県の基地負担軽減を求め、先頭に立ってきた翁長雄志沖縄県知事が8月8日、膵(すい)がんのため任期途中で亡くなった。67歳。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設阻止を掲げ、安倍政権と〝対峙(たいじ)〟する中での死去だった。翁長県政の時代に、共同通信社那覇支局長を務めていた筆者が、彼の足跡をたどった。(編集部)

 

 「イデオロギーよりアイデンティティー」―。翁長さんを思う時、まずこの言葉が思い浮かぶ。2014年11月の沖縄県知事選で、自民党などが推薦した現職の仲井真弘多知事に対抗して出馬した際の旗印だ。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に向け、仲井真氏が前年、沿岸部の埋め立てを承認したことの是非が最大の争点だった。

 10年の知事選では、再選を目指した仲井真氏の選挙対策本部長を務め、「(普天間の)県外移設」を公約に盛り込んだだけに埋め立ての承認に強く反発した。自民党県連幹事長も務め保守政治家を自認する翁長さんだが「新基地をつくらせない」と主張。共産党をはじめ革新勢力にまでウイングを広げた「オール沖縄」の結集軸が「アイデンティティー(県民意識)」だった。

 県内移設を推進したこともあった。1998年の知事選では、民主、共産、社民各党などが推薦した辺野古移設反対の現職大田昌秀氏を自民党県連推薦の稲嶺恵一氏が破った。陣営の中心メンバーとして当選に大きく貢献したのが県議だった翁長さんだ。

 ただその後、中央政界に「違和感」を持つように。きっかけは第1次安倍晋三内閣当時、2007年の教科書検定問題だった。太平洋戦争末期の沖縄戦で日本軍が住民に「集団自決を強制した」との記述を削除・修正するよう求めた検定意見書が出され、撤回を求める超党派による県民大会が開かれた。那覇市長だった翁長さんも実行委員会に名を連ねた。

 民主党政権時代の12年10月、県民の反対をよそに、米軍の新型輸送機オスプレイが普天間に配備される。第2次安倍内閣発足直後の13年1月には、配備撤回を求め銀座でデモを行うが、歩道から罵声を浴び、本土の冷淡さを実感。知事当選後の15年5月、那覇市内の球場で開かれた「辺野古新基地断念を求める県民大会」では「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけませんよ)」と政権の無理解を批判した。

 そんな思いの根は家族の体験にあるのだろう。米軍に追い詰められた旧日本兵、県民多数が命を落とした糸満市に立つ「魂魄(こんぱく)の塔」。敗戦翌年の1946年1月、戦場で散り散りになっていた真和志村(現在は那覇市の一部)の住民たちを米軍が集結させる。辺り一面に、戦没者の遺骨やミイラ化した遺体が散乱していたといい、真和志村の人々は遺骨を収集。米軍から提供されたセメントなどで建立した。

 先頭に立ったのが当時の村長の金城和信(きんじょうわしん)氏と翁長さんの父で教員だった助静氏。遺骨は3万5千にも上ったという。

 10万人を超える県出身者が命を落とした沖縄戦。戦後は長く米国の施政権の下に置かれ、72年に日本に復帰したが、国土のわずか0・6%の面積に米軍専用施設の70%超が集中するという不公平さだ。

 助静氏は戦後、真和志村長、立法院(米施政下の議会)議員などを歴任。また、兄の助裕氏も県議会議員や副知事を務めた政治家一家に育った翁長さんは、父や兄同様、沖縄政治が直面する戦争の傷跡や理不尽さへの対応に追われ続けた。「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」。2015年9月、国連人権理事会での演説で述べた。

 14年12月の知事就任後、翁長さんの「違和感」の裏返しでもあるかのように、安倍官邸は沖縄を冷遇し続けた。安倍首相と翁長さんの初会談は翌年の4月になってからだった。同年8月に沖縄を訪れた菅義偉官房長官に翁長さんは「県民には魂の飢餓感がある」と訴えた。

 山中貞則元通産相、橋本龍太郎、小渕恵三両元首相、梶山静六、野中広務両元幹事長ら沖縄との対話に努めた自民党重鎮らが物故あるいは一線を退いていったことも、政権との距離を広げた。「飢餓感」の表現で苦難を言い表した一言は限りなく重い。

 那覇市内のヤギ料理店で市長時代の翁長さんと一緒になったことがある。「沖縄の人は海で泳がないらしい」などと話し合う観光客に向かい、奥に座っていた翁長さんは「沖縄の学校に長い間プールがなかったせいですよ」と話しかけた。市長と気付かせないまま、他県との間にある格差を穏やかな口調で明瞭に説明する姿に胸を打たれた。オール沖縄に集った各陣営が、違いを乗り越え「腹八分」「腹六分」でまとまったのも翁長さんの人間味あってこそだった。

 

 おなが・たけし氏 1950年、那覇市生まれ。那覇市議、沖縄県議を経て2000年、那覇市長。14年12月から沖縄県知事。18年8月、死去。

 

(共同通信編集委員 中川 克史)

 

(KyodoWeekly9月24日号より転載) 


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