秋の夜長にふさわしい恐怖漫画 「あの世」への想像力を

 厳しい暑さに直面した今年の夏、怪談を楽しむ精神的余裕すらなかったのではないか。ようやく気温が常識的な数字に落ち着いてきた秋の夜長にふさわしい、「現(うつつ)」と距離をおいた作品を紹介したい。現世から「あの世」へ想像力を駆使することで、今の自分の生を内省してみてはどうだろう。

 

 亡くなったばかりの人々は果たして自らの立場を把握しているのか。彼岸の入り口でとまどうことはないのか。想像力を駆使して描き出したのが「死役所(しやくしょ)」(既刊11巻、あずみきし/新潮社)。生きていると「死」をひとくくりに捉えがちだが、死者の年齢も死因もばらばらなわけで、となれば彼らが必ず通過すべき役所は、現実のそれ以上に人間交差点の様相を呈してくる。

 第1回で取り上げるのは、いじめ自死事案。高所から飛び降りて足がぐしゃぐしゃになった少年は、導かれるままに「自殺課」で必要書類を書く。ルーティンワークをこなすばかりの職員の態度にいらだち、無神経な質問に腹を立てる一方で、生きているときには知りえなかった家族の厚情を、完全に手遅れになってから知ることになる。

 怪奇と悲哀はもとより相性が良い。原付き漫画の作画担当の不遇を描く「腐ったアヒル」(2巻)やコンビ芸人を題材にした「カニの生き方」(3巻)など、恐怖への秋波は控えめで、潔く「泣き」を追求したエピソードが目立つ。特に後者は秀逸で、「あなたは信じないかもしれないが、私はこの男の感情である」で始まる、お笑いコンビ「カニすべからく」のネタは、ぜひ完成形で見たかった。

 ところでいくぶん特権的に見える死役所の職員たちだが、彼らの正体が明らかになったとき、現実を省みて軽くおののく読者は少なくないだろう。

 「ゴールデンゴールド」(既刊4巻、堀尾省太/講談社)は、フクノカミという名前も見た目も土俗的な異形を扱いながら、あぶり出す恐怖は今日的だ。

 舞台は瀬戸内海の小島。思いを寄せる相手が大阪の高校に進学予定と知った中学3年の少女が「ここにでっかいアニメイトが建ちますように。(あいつが)引っ越したくないって言い出すぐらいの」とフクノカミの像に祈ったことから異変が始まる。望みと引き換えに何かを奪われる、「猿の手」型のスリラーだ。

 「キモかわいい」ぎりぎりのライン上にある、いつ完全にグロテスクな姿になるかも知れないフクノカミの造形がまず不気味だ。生き物のように動きまわりながら、ろくに言葉を発しないコミュニケーション不全ぶりも不安をかきたてる。

 彼(?)の最大のターゲットはヒロインの祖母で、暇な民宿をのんびり運営していたはずが、いつしか競争相手の生計を断ちかねない危うさの中で事業拡大にひた走るようになる。「繁栄したい」という切実な欲望には気前のよいフクノカミだが、命を持った個としての人間には背筋が寒くなるほど冷たい。

 どこまで全能か、未だ不明なフクノカミへの対抗手段はあるのか。希望はヒロインのめそめそしない健全な気性だ。島にロケハンにやってきた、「頭脳担当」の女性作家の存在も頼もしい。反撃の予感こそ興奮の源だと、作者はきっと心得ているに違いない。

(C)三浦建太郎/白泉社

 「ベルセルク」(既刊39巻、三浦建太郎/白泉社)は、言わずと知れたダークファンタジーの大作だ。各巻末の作品紹介に「あなたの心と人生に強い衝撃と感動を必ず与える」との文言があるが、一度でも本作に目を通した読者は決して大げさとは思わないだろう。

 中世ヨーロッパを思わせる架空の世界を舞台に、巨大な剣を背負った主人公が、酸鼻きわまる戦場を渡り歩く物語だ。人同士の争いだけで十分悲惨なのだが、そこに想像力の限界に挑むような見た目の異形が多数絡む。とはいえ、荒唐無稽との印象はなく「この世のあらゆる残虐と理不尽は、中世の人々にはこれら異形のように見えていたのではないか」と思わせてしまう画の説得力がある。

 本作の根幹が序盤の「黄金時代編」、もっと言えば同編終結時に主人公の戦友が口にしたたった一言にあることは、多くの読者が共有する認識だと思う。 突き落とされた奈落は底なしだが、主人公は重い歩みを続ける。その姿は、恐怖も絶望ももちろん怒りも、意志があるからこそ生まれるものだと思い知らせてくれる。

 「おのれの宿命と真っ向から斬り結ぶ」彼の結末が、明るいものになるとはとても思えないが、創作の神そのものに、くわえ込まれてしまったような作者の苦闘とともに、見届けていきたい作品だ。

(C)押見修造/講談社

 うってかわって「ハピネス」(既刊8巻、押見修造/講談社)の主人公は気の弱い男子高校生の誠。クラス内でいじめに近い扱いを受けているが、ある夜、ぼろ切れをまとった野生の生き物めいた少女に襲われたことで、彼の生活は一変する。少女の口は血で赤く染まり、犬歯は牙のように尖っていた。気の重いスクールカースト描写で始まった物語は、間を置かずストレートなホラーに移行する。この鮮やかな落差が、何やら後ろめたいような爽快さをもたらす。

 かまれたことで誠が経験する変容のうちに、肉体の強化がある。彼の反撃で立場を失ったいじめ加害者・勇樹は、転落したぶんかつての被害者よりさらにみじめに見える。新たに得た力を行使して、勇樹を屈辱から救い出してやりたいと思ったとしても、誰が誠を責められるだろう。その行為が引き金となって誠の、そして奇跡的に交流がかないそうに見えた勇樹の日常は、あえなく崩壊する。

 作者は不穏な、はっきり言ってしまえばいやな空気を演出するのが巧みな描き手だ。登場人物が抱く根深い自己否定感は、読み手の世代を選ぶかもしれないが、本作ではそこに種の断絶という明確な根拠がある。作中人物全員が、行動すればするほど幸福から遠ざかっていくのだが、皮肉よりはむしろ切実さを感じさせる。泣きながら見る夢のような作品である。

 「鵼(ぬえ)の絵師」(既刊6巻、猪川朱美/朝日新聞出版)の舞台は昭和初期の東京。モデルが急死したことから、不吉な画家との悪評をとってしまった主人公は、画壇を離れひっそりと暮らす。やがて彼の特技のうわさが広がり、老若男女さまざまな人々が肖像画の依頼に訪れるようになる。

 主人公の特技とは、モデルを目の当たりにせずとも、聞き取りだけでありありと人の姿を描き出すことだ。他人の写真からでも、「目はこの人に似ている」「鼻はこっちに似ている」などの証言があれば描きあげてしまう。これが鵼の異名のゆえんである。鬼籍に入った人の肖像を頼まれることも珍しくない。不吉と言われようと、不謹慎と言われようと、彼の念頭にあるのは依頼人の要望、もしくは依頼人すら気付かない今は亡き人の真意のみ。

 幻想譚(たん)と人情ミステリーが混じったような作風に、端正かつ艶っぽい画が相まって、酷暑で痛めつけられた心身をしみじみ癒やしてくれる。唯一作品にきざす暗い影は、軍靴の音が近づく時代背景だろうか。

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)

 

(KyodoWeekly9月17日号より転載)

 


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